- 著者
-
佃 陽子
- 出版者
- 東京大学大学院総合文化研究科附属アメリカ太平洋地域研究センター
- 雑誌
- アメリカ太平洋研究 (ISSN:13462989)
- 巻号頁・発行日
- vol.9, pp.142-159, 2009-03
論文Articlesカリフォルニア州サンフランシスコ市のジャパンタウンは20 世紀初頭に日本人移民の集住地域として誕生した。現在の日系人人口は郊外など各地に分散しているが、日系アメリカ人の多くにとってジャパンタウンはエスニシティの象徴として今なお重要とされている。本論文は近年の人文地理学の空間理論を援用し、1990 年代末から活発化したジャパンタウンの保護運動が日系アメリカ人のアイデンティティ形成に果たす役割を考察した。2006 年、一日本企業の撤退に伴いジャパンタウンのショッピング・モールやホテル等が一度に売却されることになった。これに危機感を募らせた日系コミュニティの指導者たちはサンフランシスコ市行政委員の支援を受けてロビー活動を展開し、ジャパンタウンを「Special Use District (SUD)」という土地利用が制限される特別地区に指定することに成功した。SUD制度は「場所」の境界線を定め、場所のアイデンティティを「日本・日系アメリカ文化」に限定した。本論文は場所の永続性と開放性という対照的な観点から、SUD制度の利点と問題点を指摘した。場所を永続的なものとみなした場合、SUDにより場所の境界とアイデンティティを再定義することはジャパンタウンの求心力低下に直面しているコミュニティ指導者たちにとって喫緊の問題であり、SUDの熱心なロビー活動は当然の行動だったといえる。SUDはジャパンタウンの経済的・文化的な発展を促すばかりでなく、多文化都市サンフランシスコの観光産業にも利益をもたらす可能性がある。しかし、場所を開放的なものとみなした場合、SUDはジャパンタウンに居住する非日系人グループらを周縁化し、「我々」と「他者」の境界を益々強固にするという危険性も孕むといえるであろう。