著者
住友 元美
出版者
奈良女子大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

本年度は、主に、近現代日本の高等教育における女子大学の位置づけに関して、以下の研究を行なった。I、1、戦後に新たな家政学樹立の必要性を輪じていた今和次郎の「家政論」およびその後の「生活学」研究について史料解読を行なった。2、戦前・戦後に展開された女子高等師範学校および女子専門学校による大学昇格運動について史料の分析を行なった。3、戦後に誕生した新制大学における「一般教育」導入の意義について史料調査し、先行研究の検討を行なった。以上から、戦後の新制大学創設期に学問として独立していく(させられていく)家政学と今が提唱した「新しい家政学」とを比較検討して、戦後家政学の確立と女子大学誕生との関係を明らかにし、戦後女子大学(「家政学部」を女子大学の特徴として掲げる大学)が、戦後新制大学の規範的存在となる可能性を持つものであったことを示して、日本高等教育における女子大学の意義について言及した。(「戦後日本の高等教育における女子大学誕生の意義-今和次郎の「家政論」をてがかりに-」)II、Iに引続き、今の「家政論」を主なる史料として、戦後日本の復興(民主主義化)と新たな家政学樹立および「一般教育」との関係について検討した。(論文作成中)
著者
住友 元美 スミトモ モトミ Motomi SUMITOMO
雑誌
大阪樟蔭女子大学学芸学部論集
巻号頁・発行日
vol.43, pp.193-205, 2006-03-08

本稿では、樟蔭高等女学校(1918年4月開校)・樟蔭女子専門学校(1926年4月開校)の初代校長を務め樟蔭学園創設の中心的役割を担った伊賀駒吉郎の女子教育論の特徴を明らかにし、それが如何に樟蔭学園の教育に反映されたかについて分析した。 まずはじめに、伊賀の著書である『女性大観』(1907年12月)および『女子教育の革新』(1917年11月)を分析して、彼が、当該期における女子教育および女子教育論の問題点を指摘したうえ、女子の人格修養を目的とした「淑女主義」を提唱し、女子中等教育(高等女学校)の改善と女子教育の高等化(女子のための高等普通教育)の必要性を強調していたことを示した。 次に、『私立樟蔭高等女学校記念帖』(1918年、樟蔭高等女学校落成式開催時に編纂)に掲載されている樟蔭高等女学校の設立趣旨や教育方針と上述した伊賀の女子教育論とを比較検討し、伊賀の女子教育論が樟蔭高等女学校をはじめとする樟蔭学園のその後の運営(教育理念・施設等)のなかで具体化されていったことを明らかにした。 そして最後に、伊賀の女子教育論が、女性の女性性を肯定的に捉えたうえでその国家的・社会的役割を強調するという点において、1910~20年代の女性論および女子教育論の新たな潮流と共通する側面を有しており、その一翼を担うものとして位置づけられる可能性を示した。