著者
佐野 直子
雑誌
人間文化研究 = Studies in Humanities and Cultures (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.91-117, 2017-01-31

本論文は、消滅の危機に瀕する言語(危機言語)の一つであるオクシタン語を用いてイマージョン教育を実施しているNPO団体であるカランドレートと、カランドレートの教員の養成を担う高等教育機関アプレーネの参与観察やインタビュー調査を通して、近代の「十全な<言語>」理念に対する批判的な検討を行うことを目的とする。多くの危機言語の復興運動は、幼少時からの育成のための学校教育が中心となってきたが、40年近くにわたって独自のイマージョン教育活動を続けているカランドレートでは、生徒のみならずオクシタン語で教える教員ですら当該言語の「母語話者」ではなくなっている。カランドレートの意義とは、幼少期からの言語習得による擬似的「母語話者」の育成や、「母語話者」によって社会全体で使用される「十全な<言語>」像の保持にあるのではなく、成人になってからでも当該言語を徹底して習得し、当該言語を使用することを職業とし、オクシタン語を次世代に伝えたいという強い欲望を持つ教師という「十全な話者」が作り出されることであり、欲望としての言語を効果的に使用する「特別な場」を提供することである。