著者
木村 昭郎 兵頭 英出夫
出版者
広島大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2002

セミパラチンスクの被曝者様式は、慢性の外部及び内部被曝であり、広島の被爆様式とはまったく異なっていることから、MDS、白血病など血液腫瘍の発生様式も異なっている可能性がある。我々は、原爆被爆者ではMDS発症のリスクが高いことを明らかにしている。さらに遺伝子レベルでは、造血幹細胞の増殖分化に重要な役割を果たしている転写因子AML1遺伝子の点突然変異をハイリスクMDSに高率に見出し、かつ変異は放射線誘発及び化学療法による二次性MDSでは、本遺伝子内のラントドメインに集中していた。またAML1変異に協調的に作用すると考えられる受容体チロシンキナーゼ-RASシグナル伝達経路の遺伝子変異を約40%の症例で同定した。そこで、MDSと白血病の遺伝子レベルにおける原爆被爆者との比較を行い、被爆様式の違いによる異同を明らかにしようと試みた。最近5年間に収集したMDS・白血病36症例のうち、大気圏核実験が実施された1949〜1963年に被曝を受けたと考えられる例は8例であった。次にAML1遺伝子変異を検索した36例のうち、2例に変異を見出した。1例目は被曝時年令14〜28才、診断時年令68才、Semipalatinsk在住のロシア人女性のMDS/AMLで、変異をラントドメイン(R177Q)に認めた。2例目は被曝時年令0才、診断時年令36才、Abay在住のカザフ人男性の好酸球増多を伴うMDS/AMLで、変異をラントドメイン(P176R)に認めた。これらの例では、造血幹細胞にAML1変異による血球分化の異常と、RAS経路などの変異による増殖シグナルの異常(亢進)が付与されることにより、MDS/AMLが発症したものと考えられる。2例と少数例ではあるが、AML1ラントドメインに変異を見出したことから、セミパラチンスクの被曝においても原爆被爆と同様な遺伝子変異を誘発し、MDS/AMLの発症をもたらすことが推測された。
著者
木村 昭郎 兵頭 英出夫
出版者
広島大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2009

セミパラチンスク旧ソ連核実験場周辺住民の被曝様式は、広島の被爆様式とはまったく異なっていることから、悪性腫瘍の発生様式も異なっている可能性がある。本研究では、セミパラチンスク核実験場周辺住民のMDS・白血病の症例数をさらに増加させ分子遺伝学的特徴を明らかにする。特にAML1/RUNX1遺伝子変異、及びAML1/RUNX1変異と協調してMDS・白血病発症に関与していると考えられるN-RAS,SHP-2,NF1,FLT3の遺伝子変異、さらにP53変異について解析する。次に被曝線量を導入して、線量、性別、被曝時年齢等の効果について原爆被爆者との比較を行い、被爆様式の違いによる差異を明らかにすることを目的としている。そこでセミパラチンスク市のカザフ放射線医学環境研究所、市診断センター、市救急病院と連携して、セミパラチンスク核実験場周辺住民のMDS・白血病症例のスライド標本と患者情報収集を継続している。一方原爆被爆者のMSD・白血病については、MDS/白血病(芽球が5%以上認められるMDSと三血球系統の異形成を伴った白血病が含まれる)の遺伝子解析が進んでいる。最近集計したMDS/白血病248例にしめるAML1/RUNX1点変異陽性率は、原爆被爆者13/36(36%)に対して非被爆者35/212(17%)と、被爆者では有意に高頻度であった。このことからAML1/RUNX1の点変異は放射線誘発のMDS/白血病にかなり特徴的な遺伝子変異であることが明らかになった。この点からはセミパラチンスク周辺の被ばく住民と広島の原爆被爆者では被爆様式は異なっているが、MDS/白血病を発症する主要な分子遺伝学的メカニズムは共通していると言える。