著者
冨田 直明
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.69, no.7, pp.517-526, 2022-07-15 (Released:2022-07-13)
参考文献数
28

目的 愛媛県A保健所管内で多発するダニ媒介感染症である日本紅斑熱(以下JSF)と重症熱性血小板減少症候群(以下SFTS)の感染原因とその対策を研究した。方法 JSFとSFTSの患者を確定診断した医師が愛媛県感染症発生動向調査事業に基づく調査票を用いA保健所に届出した症例であった。結果 JSFの2003年8月から17年間の届出数は91例(県全体の56.5%)男性44例平均年齢59.4±18.3歳,女性47例平均年齢65.7±13.8歳であった。届出当該者の住居環境割合は柑橘栽培の山に隣接する住宅地が67.0%で,農作業や日常生活において野山に立入らずともマダニとの接触が度々と考えられた。届出当該者の職業割合は柑橘栽培31.9%,退職26.4%,農業14.3%であった。臨床症状の発生率は発熱と全身性発疹が全例,刺し口73.6%,肝機能障害69.2%,播種性血管内凝固症候群(DIC)14.3%,神経症状11.0%であり死亡割合は1.1%であった。刺し口の確認された症例には重症と定義されたDICの割合が有意に低率であった。SFTSの2013年12月から7年間の届出数は14例(県全体の42.4%)男性7例平均年齢71.1±14.4歳,女性7例平均年齢80.6±7.4歳であった。届出当該者の住居環境割合は山間の住宅地が85.7%,届出当該者の職業割合は退職者が85.7%であった。臨床症状の発生率は発熱と顕著な白血球と血小板の減少が全例,刺し口57.1%,下痢71.4%,神経症状57.1%,出血傾向42.9%であった。死亡割合は35.7%で全例に神経症状と出血傾向を合併し発病から死亡までの日数は平均11.2±3.6日であった。生存例は死亡例に対して刺し口の確認の割合が有意に高率であった。結論 当地域は愛媛県内で有数な柑橘類生産地のために柑橘栽培の山での作業中にマダニの頻回な刺咬により感染するJSFは職業病と考えられた。柑橘栽培従事者は必ずダニ媒介感染症の予防法を習得すべきである。また一般住民も含めた啓発により最近の届出数は漸減している。現在,SFTSは4類感染症であるが血球貪食症候群を発症後に急速に死亡に至る危険性があり,SFTSを診察した医師は早急に集中治療室のある基幹病院への移送が必要である。
著者
冨田 直明
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.53, no.6, pp.448-456, 2006 (Released:2014-07-08)
参考文献数
16

目的 愛媛県東部地域(以下東予地域)に発生した成人麻疹流行を分析し,保健所における今後の感染症対策のあり方を検討した。方法 東予地域では,2002年10月~2003年 7 月の間に成人麻疹(18歳以上の麻疹)および麻疹(17歳以下の麻疹)の流行が発生したが,流行期間中,感染症発生動向調査だけでは把握が困難と判断されたので愛媛県医師会の協力により全数把握調査を行った。また麻疹を診察した医師に患者病状調査票による情報提供を依頼した。さらに成人麻疹多発の原因究明を目的に患者の検体のウィルス検査および遺伝子解析を行った。成績 2002年10月~2003年 7 月の間に,麻疹200人,成人麻疹112人,計312人の麻疹患者が報告され,県全体に占める割合は麻疹89.7%,成人麻疹94.1%,全体で91.2%であり東予地域に限定した流行であった。さらに週毎の発生数の推移から成人麻疹発生から麻疹が流行した事例であった。患者疫学調査の結果,ワクチン接種歴無しの割合は麻疹84.1%,成人麻疹59.3%,全体で73.7%であり,接種歴有りの割合は麻疹11.4%,成人麻疹21.9%,全体で15.8%であった。そしてウィルス遺伝子型は全例で中国や韓国の流行株である H1 型であり,H1 型を原因とした成人麻疹の流行としては国内初の事例であった。また東予地域での小児科定点の麻疹患者報告数は全数把握の32.0%であり,基幹定点の成人麻疹患者報告数は全数把握の11.6%に止まった。結論 東予地域では患者発生の極めて少ない状況が数年来続いたので,ワクチン未接種でも感染を免れた成人や小児(とくに年長児)および,ワクチン既接種者でも不顕感染による追加免疫がないために免疫力の低下した者(二次性ワクチン効果不全)が混在したことで成人麻疹の流行が発生したと考えられた。今回の結果より,乳幼児のワクチン接種率の向上と追加接種による学童や若年者への対策が必要である。また麻疹のように感染力が強く局地的に流行する感染症の場合,通常の定点報告では流行を見逃し対応が遅れる可能性が高いため,患者発生状況の的確な把握には,定点数の拡充および地元医師会を中心にした医療機関と保健所の平素からの積極的な情報交換が必要と考えられた。
著者
冨田 直明
出版者
Japanese Society of Public Health
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.163-169, 2008

<b>目的</b> 愛媛県東部地域の A 市の家庭で発生した腸管出血性大腸菌 O26感染症(以下 EHEC O26症)の事例を分析し,保健所における今後の EHEC 感染症の対策を検討した。<br/><b>方法</b> 2005年 8 月20日に A 市内の小児科医院より,A 市内の小学 2 年生女児から EHEC O26 Vero 毒素 VT1(以下 O26VT1)の発生の届出が A 保健所に提出された。直ちに A 保健所職員が母親に対して喫食調査を行った。更に感染源の究明を目的に,患者および無症状病原体保有者の検便の分離株に対してパルスフィールド・ゲル電気泳動法(以下 PFGE)による遺伝子解析を行った。<br/><b>成績</b> 喫食調査から 8 月15日に a,b,c の 3 家族14人が焼肉による会食を行ったこと,焼肉用の牛肉は愛媛県中部地域の B 市に隣接した C 町から購入したことが判明した。<br/> 会食後の発症経過は,a 家族では17日に 7 歳女児,18日に 3 歳男児に数回の下痢と粘血便が出現した。b 家族では 7 歳男児が17日からの家族旅行中に軟便が出現したために帰宅後に検便を実施し24日に 7 歳男児,27日に30歳代母親に無症状で O26VT1 が検出された。c 家族では27日に保育園へ通園中の 4 歳女児から無症状で O26VT1 が検出された。また 4 人の分離菌株遺伝子を制限酵素(XbaI)による切断後の PFGE による遺伝子解析を行った結果,4 人の分離株遺伝子パターンはすべて一致した。<br/> そして今回の事例とは別に,同年 8 月10日に B 市内の飲食店で焼肉を喫食して,腹痛と数回の下痢が出現し O26VT1 が検出された母娘の分離株遺伝子パターンとも一致した。<br/><b>結論</b> O26VT1 の強い感染力のために,感染源からの直接感染に止まらず,感染者の家族に二次感染が引き起され,さらには無症状病原体保有者の存在により感染者の認知が困難になり,対策が後追いになった事例であった。そして保育園や幼稚園などで EHEC O26症が発生した場合には,家族や職員などへの二次感染を念頭に置き,初期段階から広範囲な検便を中心にした積極的な疫学調査が必要と考えられた。<br/> また今回の事例では,遺伝子解析と喫食調査から感染源が,B 市内で発生した事例と同じ流通経路の食材であった可能性が推測された。そして広範囲な散発的集団感染に対しては,その認知や感染源の究明のために,PFGE による病原体の遺伝子解析と疫学的調査結果を組み合わせた方法が有効と考えられた。