著者
初瀬川 弘樹
出版者
社団法人 日本理学療法士協会近畿ブロック
雑誌
近畿理学療法学術大会 第51回近畿理学療法学術大会
巻号頁・発行日
pp.55, 2011 (Released:2011-10-12)

【目的】 視床痛の病態は複雑で症例により異なるが,1つの仮説として植村は,視床における正中中心核(以下CM核)の後外側腹側核(以下VPL核)からの脱抑制によって生じると述べている.今回,視床痛を呈している発症後7年目の症例に対して,触覚を用いたVPL核によるCM核の再抑制を目的としたアプローチを実施し,疼痛の質と量において改善を認めたので報告する. 【症例】 対象は70代女性.2003年11月に左視床出血により右片麻痺,視床痛を認めた.出血部位はVPL核から視床枕にかけて広がっていた.同年12月にADL自立して退院し,同施設の通所リハビリテーションを利用している. Brunnstrom recovery stage(以下BRST)は上肢5,手指5,下肢5,感覚は触覚,痛覚,冷覚ともに脱失,運動覚は肩関節,肘関節が軽度鈍麻,手関節より末梢が重度鈍麻,筋緊張に関してはModified Ashworth Scale(以下MAS)にて2,疼痛はVisual Analogue Scaleにて4~7cmと,日によって大きく変動する.McGill Pain Questionnaire(以下MPQ)では合計42点で,中でも「ぴりぴりした」「針で刺されるような」という表現が最も近いとの記述あり. 【方法】 2010年6月より,触覚情報を再構築する課題を実施した.課題は端座位にて閉眼で両側手掌下に柔らかい布を置き,非麻痺側を自動運動,麻痺側を自動介助運動とし,両側同時に動かしながら健側の運動イメージを少しずつ転移させた.その際健側運動イメージをメタファーにて記述させると,「綿の花のようなふわふわ」であり,逆に患側運動イメージは「蚕の繭のふわふわ」との記述があった.そのメタファーを用いて課題を進めていくと,「蚕の繭」から「羊の毛」のふわふわ感に変化したとの記述あり.それに伴い上肢筋緊張、疼痛が変化した. 【説明と同意】 本発表にあたり対象者には口頭にて発表内容を説明し,署名にて同意を得た. 【結果】 触覚情報の再構築課題によって同年9月にはMASは1+,VASは0.8,MPQは合計35点,最も近い表現が「重い」に変化し,治療を開始して初めて「痛くない」との発言があった.また感覚検査において手掌尺側の痛覚,冷覚が出現した.しかし触覚に関しては,感覚検査上は初期評価と同様に脱失であった. 【考察】 今回のアプローチは視床痛の病態を植村の,視床におけるCM核のVPL核からの脱抑制という仮説に基づいて構築した.C繊維は脊髄後索を通り,脊髄視床路を上行しCM核を経由する.視床痛は主にC繊維由来の鈍痛であり,C繊維の中継核であるCM核は本来VPL核によって抑制されている.VPL核は,Aβ繊維が脊髄後索を通り,延髄にて交叉して対側を上行し,中継する核である.以上のことから,Aβ繊維からの正しい情報を再び入力することによりVPL核のCM核への抑制機能を取り戻し,C繊維由来の疼痛を軽減できないかと考えた.その際にメタファーを用いることで,感覚情報と今までの経験との共通項を見つけ,身体と経験を重ね合わせることで運動イメージを明確化し,健側イメージの転移を容易にした.感覚検査上は,触覚は初期評価と比較して変化しなかったものの,自動運動で両側同時に同一の布に触れると両側とも同じように感じることができていたことから,触覚情報の入力が疼痛の軽減に影響を及ぼしたと考えられる. 【理学療法研究としての意義】 視床痛に対してメタファーを用いて触覚情報を再構築することにより,VPL核によるCM核の抑制機構が修正されたと考える.視床痛の病態は明らかにはされていないが,対処療法で済ますのではなく,痛みの原因を神経,生理学的な視点からも観察し,アプローチを考案していく必要性があるといえる.また今回,運動イメージを明確化するためにメタファーを用いて有用であったことから,メタファーは理学療法を実施する際に有効な手段となり得るのではないかと考える.