- 著者
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勝野 まり子
- 出版者
- 日本橋学館大学
- 雑誌
- 紀要 (ISSN:13480154)
- 巻号頁・発行日
- vol.5, pp.71-80, 2006-03-30
この小論は英国短編小説家として最も有名と言えるKatherine Mansfield(1888-1923)の「アイロニー」の世界に関するものである。彼女はNew Zealandに生まれ,勉学のために渡ったロンドンでの生活とヨーロッパ各地での旅を経て,Fontainebleauで結核で没するまでの間,彼女の「アイロニー」の世界が美しく描かれている数多くの短編小説を世に出した。この小論では,故郷を舞台に書かれた "How Pearl Button Was Kidnapped" を取り上げ,彼女の「アイロニー」の世界を考察する。その世界は美しい自然に恵まれた彼女の故郷を母胎に生まれた。西洋文学思想史と東洋思想史の「アイロニー」論を参考にして,「言葉」,「美的体験」,「常識の覆り」という三つの観点から論じる。「言葉」と「常識の覆り」は東西問わずに「アイロニー」考察に不可欠とされるが,「美的体験」は西谷が指摘するように東洋の禅にのみ強調されている。"How Pearl Button Was Kidnapped" においては,"blue," "the House of Boxes," "big," "little"という「言葉」が繰り返し用いられて,「アイロニー」の世界を展開するために重要なことを伝えている。"Pearl Button" という主人公の氏名も同様の象徴的な働きを持つ。それらの「言葉」が繰り返し用いられる中で,主人公は生まれて初めて原住民の優しさや大自然の海の美しさを見て感じて認識する。主人公の「美的体験」は,自分の帰属する社会とは全く異なる世界,大自然と原住民の優しく美しい世界との感情的な接触である。そのような「美的体験」を通して,彼女は徐々に自分が属する社会の「常識の覆り」を知るのである。その体験によって,彼女は自分の属する社会とは全く異なる価値観を持つ別の世界があることを見出す。そのようなKatherine Mansfieldの「アイロニー」の世界は,「美的体験」を強調する禅の「アイロニー」の世界に共通するものであり,東洋人である著者にとって魅力的な世界となっている。