著者
原 淳一郎
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.155, pp.87-107, 2010-03-15

往来物研究は、岡村金太郎編『往来物分類目録』、石川謙・石川松太郎編『日本教科書大系・往来編』、石川松太郎『往来物の成立と展開』といった先駆的な業績によって先鞭がつけられたが、その成立過程および系譜の考察が主であった。二千年代に入ってから相次いだ研究書の刊行によって、ようやくその社会的役割の検討にも目が向けられるに至った。しかし依然として教育史の観点すなわち「庶民教育のテキストである」という固定観念から逸脱することはなかった。そのため本稿で検討をおこなう「参詣型」往来についても、「『道中膝栗毛』が流行するような旅行ブームに乗っかった一時的なもの」という評価しか与えられてこなかった。この意味で、往来物の社会的役割への考察は未だ多くの可能性を秘めたものであると考える。そこで本論では、おもに江戸で出版された往来物に焦点を当て、次の通り時代区分を行った。第一期(明和~寛政期)、第二期(寛政六年~文化十年)、第三期(文政四年~)、第四期(文政五年~)、第五期(天保三年~)がそれである。第一期は上方で出版されていた定番往来物の出版、第二期・第四期はオリジナルな出版が行われた時期、第三期・第五期はそれぞれ前の時期の焼き直しをしていた時期と言える。ただし第二期は比較的自由な発想のもと刊行が行えていたが、すでに巷に名所案内や地誌が溢れつつあった第四期は他作品との差別化を図る必要性に迫られた。また十返一九のように他作品から転用するなど安易な刊行も目立ち、内容よりもむしろ作者の知名度による販売戦略が特徴であった。参詣型往来が登場した寛政期は、三都などわずかな場所をのぞいて「旅の大衆化」に対応しえる作品はほとんど皆無であった。そのため旅に際しての実用書として利用され、「参詣型」往来そのものも、本文のほかに縁起、街道図といった実践的な情報を加えて実用性を高めていった。それだけではない。多くの地域にとって「参詣型」往来ははじめて経験するその地域の「地誌」的存在でもあった。そのため地域の地理教育にも一役買い、その後の地域住人の手による地誌編纂という大きな歴史的潮流をも生み出す一助となった。
著者
原 淳一郎
出版者
米沢史学会
雑誌
米沢史学 (ISSN:09114262)
巻号頁・発行日
no.32, pp.11-23, 2016-10