著者
叶 威
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.173-176, 1993-12-31

I.序論 1986年にJ. G. BednorzとK. A. Mullerによって高い超伝導転移温度を持つ酸化物超伝導体が発見されて以来,世界的規模で高温超伝導の研究が進められてきた。しかし,基礎的観点からすると,高温超伝導の発現機構はまだ解明されておらず,実用的観点からも十分高い臨界電流を持つ線材は合成されていない。高温超伝導体に関する今までの研究から,超伝導の出現はその化学組成に大きく左右されることが知られている。例えば,YBa_2Cu_3O_<6.9-y>(YBCO)では,酸素欠損量yの増加によって,結晶構造は斜方晶から正方晶に変わるとともに,超伝導体から絶縁体に変わる。また,Bi_2Sr_2CaCu_2O_<8.2-y>(BSCCO)では,二価のCaイオンを三価のYイオンで置換することによって,超伝導体から絶縁体にかわる。酸化物高温超伝導の発見後まもなく,いくつかのグループが超伝導体の水素吸蔵の研究を始めた。その理由は酸化物高温超伝導体の超伝導特性はキャリア濃度に強く依存することが知られていたので,水素吸蔵によってキャリア濃度を変化させれば,超伝導特性に大きな影響を与えると考えられたからである。これまで高温超伝導体の水素との反応実験は主にYBCO,BSCCO,La_2CuO_4(LCO)及びそれらの関連物質で行われた。水素との反応の方法には,(1)密封容器中での水素ガスとの反応,(2)プロトンビームを超伝導体に照射するなどの方法がとられてきた。しかしながら,今までに報告されている水素吸蔵による超伝導酸化物の先行研究の中で次の点が検討すべき課題として考えられる。即ち,超伝導酸化物と反応した水素は格子間位置に侵入する(吸蔵)と仮定されてきた。しかし,この仮定はまだ実証されていない。水素と金属酸化物の反応形態には以下の三つが考えられる。(1)金属酸化物に吸蔵された水素が酸素と結合し,酸素と水素結合ボンドを形成する反応,(2)金属酸化物に吸蔵された水素が酸素と結合せず,プロトンの状態で結晶内部に存在する反応,(3)水素が金属酸化物内部の酸素と結合して水になる反応である。酸化物高温超伝導体の水素との反応がいずれの反応形態をとり,どの様な温度で起こるのかはこれまで明らかになっていない。本研究では,酸化物超伝導体における水素吸蔵反応を明らかにするために,熱重量分析及び熱圧力分析を行った。また水素処理による超伝導酸化物の物性,結晶構造の変化を系統的に調べた。本研究では対象物質としてBi_2Sr_2CaCu_2O_<8.2-y>,YBa_2Cu_3O_<6.9-y>の二種類の酸化物を選んだ。II.実験結果及び考察 試料は通常の固相反応によって作製した。反応水素量は,水素雰囲気での試料の重量変化から測定する方法と,密封容器中の水素圧力の変化から測定する方法で決定した。水素処理温度はYBCO試料では148℃&acd;230℃,BSCCO試料では125℃&acd;250℃とした。これらの水素処理前後の試料に対し,熱重量分析(TGA),X線回折及び交流帯磁率の測定を行った。バルク状試料の水素雰囲気中での重量の温度変化の測定から,BSCCOとYBCO試料では,それぞれ200℃と170℃までは重量は緩やかに減少するが,その温度以上で重量は急激に減少する事が判った。水分を除く前処理を行っているので,この重量減少は試料表面に付着した水分の蒸発によるものではなく,試料中の酸素が水素還元され,試料から離脱したことによると判断できる。次にBSCCO試料の反応過程の時間依存性を調べるために125℃,147℃及び200℃の一定温度で,1気圧水素雰囲気下での重量の時間変化を測定した。いずれの温度においても最初の100分までは急激な重量減少を示すが,その重量減少の割合は温度上昇とともに小さくなった。この時間依存性は活性化型の反応速度関数でフィットすることができ,各温度で求めた反応速度定数をArrheniusプロットした。その勾配より求めた1酸素分子あたりの還元反応の活性化エネルギーはE=0.69eVとなった。また,BSCCOの水素処理過程において,試料から離脱した酸素と水素が結合して水を形成する過程が存在するかどうかを調べる為に,水の吸着剤であるCaCl_2の重量変化をカーン式天秤で測定した。その結果,水素処理によって還元された酸素はほとんど水になって試料から離脱することが解った。次にYBCOバルク試料の一定温度の下での熱重量変化の時間依存性を測定した。測定温度は128℃&acd;230℃で,測定時間は900分まで行った。その結果,230℃の1気圧水素雰囲気中のYBCOの重量は時間とともに単調に減少し,900分後の重量減少は1.5%に達した。この温度でのYBCOと水素の反応は,BSCCOと同様,主に酸素の還元反応である。一方,148℃と167℃の1気圧水素雰囲気中でのYBCOの重量は,100分前後までは徐々に減少するが,その後増加した。質量減少の最低点(100分)から900分までの増加は148℃の処理では約0.1%,167℃の処理では約0.3%であった。