- 著者
-
吉岡 正晴
- 出版者
- 大阪歯科学会
- 雑誌
- 歯科医学 (ISSN:00306150)
- 巻号頁・発行日
- vol.57, no.4, pp.g23-g24, 1994
筋の収縮によって骨が変形するという実験結果が報告されているので, 咬合および咀嚼時には, 頭蓋や顔面を構成する骨は歯を介しての咬合力および咀嚼力, あるいは咀嚼筋の収縮力などによって複雑に変形していると考えられる. また, 咬合および咀嚼時には, 頸部から背側部の筋, すなわち胸鎖乳突筋や僧帽筋まで活動していることも近年明らかにされている. さらに, 下顎運動の中心は顎関節だけでなく頸椎の環椎と軸椎とで構成される環椎歯突起関節にも存在し, むしろこの部位が顎運動の中心的な役割を果たしているという説が発表されている. 頸椎はかなりの重量の顔面頭蓋を支えているし, 咬合, 咀嚼および発音・発声時には, 頸椎にこれらの影響が及ぶことは十分に考えられる. しかし, 頭部における各種の運動と頸椎の力学的反応との関係についての研究はほとんど見当らない. そこで, 咬合時の頸椎の力学的反応を解明するために, 立位に固定した麻酔下の成熟日本ザルの両側の咬筋中央部を電気刺激して, 咬合させたとき, 片側の犬歯あるいは第一大臼歯で 3, 7 および 10mm の木片を噛ませたときの各頸椎の作業側および非作業側の椎弓板のひずみを三軸ストレンゲージ法で測定した. 木片を犬歯あるいは第一大臼歯のどちらで噛ませても, 頸椎の作業側よりも非作業側のほうが, 咬合させたときに比べて主ひずみ量の増加する割合が高くなる傾向がみられた. このことから, 作業側では犬歯で木片を噛ませたときには第二頸椎が, 第一大臼歯で噛ませたときは第四頸椎が, 非作業側では, 木片を犬歯で噛ませても第一大臼歯で噛ませても, 第三および第七頸椎は頭部が片側に傾斜するのを防ぐ支点としての役割を果たしていることが示唆された. 頸椎の主ひずみの方向を観察することによって, 犬歯で噛ませたときには, 頸椎の上部は収縮して下部は伸展し, 中間部は上部と下部との変形のバランスをとるために作業側が伸展して非作業側が収縮する傾向があることが, また, 第一大臼歯で木片を噛ませたときには, 頸椎の作業側ではほとんどが垂直方向に伸展し, この傾向は開口度が大きくなればなるはど強くなり, 非作業側では頸椎の多くが水平方向に伸展 (圧迫) することがわかった. さらに, 頸椎においては, 各軸のひずみが最大の値をとる時間が, 三軸ともわずかにずれていることを示す波形が多くの部位で認められた. このような波形は顔面や頭蓋を構成する骨でもみられるが, 頸椎においてはとくに多く認められた. 以上, 咬合および咀嚼時には, 頸椎には非常に大きなカが加わるが, 頸椎は顔面や頭蓋を構成する骨よりもさらに強く変形して, 頸椎に加わる応力を巧妙に分散できるような機能的構造になっていることを明らかにした.