著者
吉田 美喜夫
出版者
立命館大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2001

「法と現実」との乖離を埋める課題は、法律学にとって古典的な課題であるが、タイのような経済発展を急速に進めている国の場合、この課題には2つの側面がある。1つは、国内法と現実との関係の側面であり、もう1つは、国際的な基準と現実との関係の側面である。とくに、グローバリゼーションが進展している状況の下では、国際的側面が重要である。グローバリゼーションの視点からタイ労働法の動向を見た場合、労働団体法と労働保護法の分野で大きな違いがあるように思われる。労働保護法の分野では、98年の労働保護法の制定に見られるように、ILO基準との整合性が図られており、その意味で、国際労働基準との一致が追求されている。しかし、労働団体法の分野では、近年の労働法改革において労働組合の保護を強化する方向には向いていない。その理由は、グローバリゼーションの中で影響力を高めてきた企業家が、労働組合は国際的な経済競争を勝ち抜く上で障害になると評価しているからだと思われる。では、現実の変化に対応し、「法と現実」との乖離を埋めるための労働法改革はどのような方向に向かうのか。1997年の通貨危機の経験を通じて、再度、伝統的な規範の評価が認められる。しかし、それは開発法制への回帰ではなく、協調的労使関係への回帰であるように思われる。その装置が1999年の労働関係法改正草案が新たに定めた合同協議委員会である。また、企業自体が大きくなっている条件の下で、むしろ交渉や協議を通じた労使関係の方が合理的だと考えられつつあるように思われる。さらに紛争解決手続を一層丁寧に規定しようとしている。このような労働法改革の帰趨は、タイ労働法が開発法制を清算し国際標準化を達成するかどうかを占うことになる。