著者
名取 理嗣
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

これまでの研究により,極低炭素ラスマルテンサイト鋼は,焼戻し時に不均一回復が生じて,隣接する二つの結晶粒を挟む粒界が,両粒の転位密度の差に駆動されて張り出しを生じることで再結晶粒が生成される,いわゆる粒界バルジング型の再結晶が生じることを見出した.また,張り出す粒界が易動度の大きい旧オーステナイト粒界の一部に限られるため,得られる再結晶粒は粗大になることを明らかにした.そこで,本年度では,出発組織をフェライト組織とラスマルテンサイト組織に調整した極低炭素鋼に冷間圧延-焼鈍を施し,冷間圧延組織および焼鈍時の再結晶挙動に及ぼす出発組織の違いの影響を調査した.冷間圧延した極低炭素ラスマルテンサイト鋼の再結晶機構は,焼入れまま無加工材で生じた粒界バルジング型再結晶とは異なり,冷間圧延したフェライト鋼と同様に転位セル組織から再結晶組織が生成される機構が主体となることを明らかにした.また,圧下率が小さい場合はラスマルテンサイト鋼の方がフェライト鋼に比べて再結晶粒が微細となり,出発組織をラスマルテンサイトにすることの有効性を見出した.これは,ラスマルテンサイト組織がパケットやブロック組織からなる微細組織であることのほかに,焼入れ時に可動転位が多量に導入されているため,わずかな圧延でも容易に転位セル組織を形成するためであることを明らかにした.さらに炭素量を0.1%含んだ低炭素鋼を用いて,焼入れままのラスマルテンサイト鋼および加工性を向上させるために前焼戻しを施したラスマルテンサイト鋼を用いて冷間圧延およびその後の焼鈍に伴う再結晶挙動を調査し,冷間圧延前の焼戻しの影響について考察した.そして,焼戻しラスマルテンサイト鋼は焼入れラスマルテンサイト鋼に比べて再結晶が抑制され,再結晶粒は粗大になることを明らかにした.これは冷間圧延前の焼戻しにより基地中の固溶炭素が減少することで蓄積ひずみエネルギーが減少すること,冷間圧延時の変形帯の形成が抑制されたことが原因であることが示唆された.