- 著者
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呉 松梅
- 出版者
- 山口大学大学院東アジア研究科
- 雑誌
- 東アジア研究 (ISSN:13479415)
- 巻号頁・発行日
- no.18, pp.1-11, 2020-03
「夢」は日本と中国の古典文学にしばしば登場する。『源氏物語』に登場する数々の夢の中で、明石の君が生まれる時に明石の入道の見た夢は、物語の展開に重要な役割を担っている。この夢に関して古注釈書『花鳥余情』は皇后と天皇の明石一族からの誕生を予言する夢だと解し、従来の論は殆どそれを踏まえている。ただし、一族の栄華を予告したこの夢を固く信じ、その実現に一生を賭けた明石の入道が、夢を解読した後、すぐに京を離れ明石に下り、二度と帰京しなかった行動にはまだ謎が残っている。本文によれば、夢を見た後、入道は「俗の方の書を見はべしにも、また内教の心を尋ぬる中にも、夢を信ずべきこと多くはべし」とあって、つまり漢籍や仏典などいろんな書物を調べた後、夢を信じるべしと判断し、明石に下ったことになっているのである。果たして書物は入道に対していかなる示唆を与えたのであろうか。このような問題意識のもとに、明石という場所が夢の実現に結びつく必然性を探るため、本論では漢籍の夢の解き方を手がかりとして考察した。歴史書、筆記、伝奇などの漢籍にたびたび登場する夢も、将来を予告するような重要な機能を果たしている。『史記』や『三国志』、『北斉書』などの歴史書、それに唐代の随筆集『朝野僉載』に記された幾つかの予告夢を分析すると、漢籍に多く見られる夢解きの方法に「漢字占い」があると分かる。特に予告夢の場合、この方法がより多く使われているようである。 同様の漢字の分解、組み合わせの方法は、古来より日本人にも熟知されており、平安時代の詩文に多々見られる。日本最古の例は『万葉集』に見られる。他に、『和漢朗詠集』などにも同じ手法が使われている。漢籍では予告夢の解き方としてよく使われ、平安時代の日本の文人にも熟知されている漢字の分解や組み合わせを用いて『源氏物語』若菜上巻の明石入道の夢を解読するならば、一族の栄華の実現に関わる場所のヒントが明石入道の夢に読み取れよう。