著者
和田 忍
出版者
中央大学人文科学研究所
雑誌
人文研紀要 (ISSN:02873877)
巻号頁・発行日
no.81, pp.269-292, 2015

アルフリッチによる『聖人伝』(Ælfric Lives of Saints)には,「呪術について」という説話が収録されている。この説話の中にはhæðen 'heathen' の語が5 度出現し,聖書的な文脈での「異教徒」の意味で使用されている。本論では,アルフリッチがhæðen という語彙に上述の意味に加えて,ヴァイキングの存在も含めていると考えられることを示す。アルフリッチは,この「呪術について」の説話において,ヴァイキングを示す「デーン人」(ða Denisca 'the Danes')という語を使用していない。それ故,彼は直接的にヴァイキングを言及していない。しかし,このテキストにおいて,hæðenとともにscucca(sceocca)といった語彙を取り上げて分析すると,アルフリッチはこれらの語彙を通じて,ヴァイキングを意識していることがわかる。そして,アルフリッチは,キリスト教の教理を浸透させるという説教集の目的とは別に,この呪術についての説話を通じて,ヴァイキングがイングランド人に対して脅威となる異教徒であると示唆している。
著者
和田 忍
出版者
中央大学人文科学研究所
雑誌
人文研紀要 (ISSN:02873877)
巻号頁・発行日
no.93, pp.107-133, 2019

アングロ・サクソン後期にイングランドで活躍した聖職者アルフリッチ(Ælfric)は多くの古英語散文を書き残したことで有名である。そのアルフリッチが書き残した説教である『聖人伝』(Lives of Saints)には,アセルスリース(St Æthelthryth),スウィズン(St Swithun),オズワルド王(St Oswald),エドマンド王(St Edmund)という4人のアングロ・サクソン期のイングランドにまつわる聖人の説話が含まれている。(ローマン・ブリテン時代の殉教者であるオールバン(St Alban)を含めると5人である。)アルフリッチがこれらの聖人を採用した理由の1つとして,アングロ・サクソン期のイングランド人になじみ深い聖人の伝説を通じて,彼らのキリスト教への崇拝意識を高めるという目的が考えられる。また,これらの説教にはイングランド人に対してキリスト教への篤い信仰を求めると同時に,ヴァイキングの脅威といった当時のイングランドの辛辣な状況を諭す内容も含まれている。そして,Godden (1994)は『聖人伝』以前に作成された『カトリック説教集』(Catholic Homilies)よりも『聖人伝』の方がヴァイキングの影響を強く受けた内容になっていると述べている。本稿では,イングランド土着の聖人という特定の説話における内容および語彙の調査から,アルフリッチのヴァイキングに対する意識を考察する。アルフリッチは,時を経て再び勢いを増すヴァイキングに対し,自身の著作を通じて積極的に関わり,ヴァイキングの脅威をイングランド国民に伝えようとしていた様子が窺える。
著者
和田 忍
出版者
中央大学人文科学研究所
雑誌
人文研紀要 (ISSN:02873877)
巻号頁・発行日
no.85, pp.125-153, 2016

アングロ・サクソン期のイングランドにおけるゲルマン民族の民族的特徴を示す証拠は数少なく,詳細な記述はほぼない。ブリテン島が政治的にキリスト教化されたのは6世紀末になってからといわれているが,そこへ侵略してきたアングロ・サクソン人や,その後のデーン人が,ブリテン島に定着してからすぐに完全にキリスト教化したとは考え難い。そのため,デーン人がブリテン島を侵略した9世紀から11世紀半ばまでのデーンローに関する資料を用いてゲルマン民族的異教信仰の痕跡を調査することで,当時のイングランドにおけるゲルマン民族の特徴を考察した。今回は調査資料を限定して,グズルム(Guthrum)がアルフレッド大王(Alfred the Great)およびエドワード(King Edward)と取り交わした条約(ウェドモアの条約,the Treaty of Wedmore)と,クヌート(Cnut)がイングランド王として制定した世俗法(第2クヌート法典,II Cnut)の2点を中心に扱った。これらの資料を考察した結果,そこで述べられているゲルマン民族的異教信仰および元来のゲルマン民族による慣習は古アイスランド語文献で述べられている内容とほぼ一致した。このことからアングロ・サクソン期のイングランドにも,ゲルマン民族的異教信仰やゲルマン民族的な慣習が少なからず行われていたことはわかるが,その程度までは測れないという考えに至った。アングロ・サクソン期の末期までにイングランド国民がゲルマン民族的な慣習をすべてなくしてしまったと結論付けられるが,キリスト教に対峙する内容のものが消え去り,地名や曜日の名称など,キリスト教社会に容認された内容が残っていることは興味深い。
著者
和田 忍
出版者
中央大学人文科学研究所
雑誌
人文研紀要 (ISSN:02873877)
巻号頁・発行日
no.81, pp.269-292, 2015

アルフリッチによる『聖人伝』(Ælfric Lives of Saints)には,「呪術について」という説話が収録されている。この説話の中にはhæðen 'heathen' の語が5 度出現し,聖書的な文脈での「異教徒」の意味で使用されている。本論では,アルフリッチがhæðen という語彙に上述の意味に加えて,ヴァイキングの存在も含めていると考えられることを示す。アルフリッチは,この「呪術について」の説話において,ヴァイキングを示す「デーン人」(ða Denisca 'the Danes')という語を使用していない。それ故,彼は直接的にヴァイキングを言及していない。しかし,このテキストにおいて,hæðenとともにscucca(sceocca)といった語彙を取り上げて分析すると,アルフリッチはこれらの語彙を通じて,ヴァイキングを意識していることがわかる。そして,アルフリッチは,キリスト教の教理を浸透させるという説教集の目的とは別に,この呪術についての説話を通じて,ヴァイキングがイングランド人に対して脅威となる異教徒であると示唆している。