著者
唐澤 勇
出版者
The Society of Practical Otolaryngology
雑誌
耳鼻咽喉科臨床 (ISSN:00326313)
巻号頁・発行日
vol.36, no.7, pp.635-643, 1941

音響傳導問題即チ空氣傳導及骨傳導ニ關シテハ耳科學發達ノ道程ニ於テ巳ニ久シキ以前ヨリ論議セラレ Joh. Müller, Politzer 等ハ純粹骨傳導ノ存在ヲ肯定シ Bezold ハ其ノ存在ヲ否定シタ. 而シテ本問題ニ關シテ最モ華ヤカナル論爭ノ闘ハサレタルハ1907-1908年以來 Wittmaack 並ニ Siebenmann 學派ノ間ニ行ハレタル病理組織學的檢索ニ基ク音響障碍ニ關スル所謂空氣傳導説及骨傳導説デアル.<br>余ハ本論ニ於テ此等兩説ガ何故相對立シ撞着ヲ來スニ至リシカ其ノ所以ヲ述ベ而シテ古來科學ノ進歩發達ノ途上ニ於テ鬪ハサレ而シテ今尚鬪ヒツツアル機械説並ニ生氣説ノ觀點ヨリシテ之ヲ批判シ論ゼントス.<br>斯クテ第1章ニ於テハ機械説並ニ生氣説ノ歴史的觀察ヲ述ベ, Schleiden ノ植物細胞學説建設ヨリ次デ Schwann ノ動物細胞學説ニ至リ, Virchow ノ所謂細胞病理並ニ細胞生理學ノ發展ニ迄至ル道程ヲ略記シ之ニヨリテ現代醫學界ニ於ケル Mechanist (機械説學派) 及 Vitalist (生氣説學派) ノ立場ヲ明カナラシメントス.<br>次デ第2章ニ於テハ Wittmaack 學派ノ所謂一次性「ノイローン」二次性感覺細胞説並ニ Siebenmann 學派ノ一次性感覺細胞二次性「ノイローン」説ニ對シ, 此等兩説對立ヲ來シタル理由ヲ述ベ斯クテ之ニヨリテハ兩説共ニ純骨導ノ存否ヲ證明シ能ハザルコトヲ論ズ. 而シテ Wittmaack ノ"Tonuslehre"(緊張學説) ニヨリテ初メテ純粹骨傳導ノ存在ヲ肯定シ得ルニ至ルコト, 且又機械説並ニ生氣説觀點ヨリスル時ハ Siebenmann 學派ハ機械説學派ニ屬シ Wittmaack 學派ハ生氣説學派ニ屬スルコトヲ主張スル. 蓋シ現代醫學ニ於ケル Vitalist ハ顯微鏡下ニ組織細胞ノ變化ヲ論ジ Bichat, Morgagni ヲ經テ Virchow 以來所謂細胞病理學説ノ根據ニ立脚スルモノナルコトヲ説ク.<br>第3章ニ於テハ音響傳導ニ關スル自説ヲ記述スル. 即チ第1節ニ於テハ音叉音並ニ單絃琴音ニ關スル奇現象トシテ. 音叉ニヨルジエレー氏法陰性, リンネ氏法絶對的陰性及リンネ氏法絶對的陽性ノ出現ヲ論ジ且又單絃琴音ニヨルリンネ氏法ニ於テハ最高音階ハ氣導ヨリモ骨導ニ於テ勝ルコトヲ述ベ, 第2節ニ於テハ前節ニ於ケル奇現象ハ音叉若クハ單絃琴ヨリ出ズル音響ノ特性ニハ非ズシテ蝸牛殼神經其ノモノノ特異性即チ撰擇性若クハ感受性ニ歸スベキモノトスル. 斯クテ第3節ニ於テハ第2節ニ於ケル理論ヲ容認スルタメニ音響感覺ニ關スル Ewald 説並ニ Helmholtz 説ノ根本觀念ニ就テ之ヲ論ズルコトトシタ.<br>結論ニ於テハ音響傳導ニ關スル問題ハ機械説ノミニヨリテハ今日尚未ダ之ヲ解決スルコト不可能ニシテ科學的根據ニ立脚シ生氣説ヲ導入スルコトニヨリテ初メテ説明シ得ラルルモノナルコトヲ論ジタ.