著者
四柳 嘉章
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.210, pp.29-47, 2018-03-30

本稿では中世的漆器生産へ転換する過程を,主に食漆器(椀皿類)製作技術を中心に,社会文化史的背景をふまえながらとりあげる。平安時代後期以降,塗師や木地師などの工人も自立の道を求めて,各地で新たな漆器生産を開始する。新潟県寺前遺跡(12世紀後半~13世紀)のように,製鉄溶解炉壁や食漆器の荒型,製品,漆刷毛,漆パレットなどが出土し,荘官級在地有力者の屋敷内における,鋳物師と木地・塗師の存在が裏付けられる遺跡もある。いっぽう次第に塗師や木地師などによる分業的生産に転換していく。そうしたなかで11~12世紀にかけて材料や工程を大幅に省略し,下地に柿渋と炭粉を混ぜ,漆塗りも1層程度の簡素な「渋下地漆器」が出現する。これに加えて,蒔絵意匠を簡略化した漆絵(うるしえ)が施されるようになり,需要は急速に拡大していった。やがて15世紀には食漆器の樹種も安価な渋下地に対応して,ブナやトチノキなど多様な樹種が選択されるようになっていく。渋下地漆器の普及は土器埦の激減まねき,漆椀をベースに陶磁器や瓦器埦などの相互補完による新しい食膳様式が形成された。漆桶や漆パレットや漆採取法からも変化の様子を取り上げた。禅宗の影響による汁物・雑炊調理法の普及は,摺鉢の量産と食漆器の普及に拍車をかけた。朱(赤色)漆器は古代では身分を表示したものであったが,中世では元や明の堆朱をはじめとする唐物漆器への強い憧れに変わる。16世紀代はそれが都市の商工業者のみならず農村にまで広く普及して行く。都市の台頭や農村の自立を示す大きな画期であり,近世への躍動を感じさせる「色彩感覚の大転換」が漆器の上塗色と絵巻物からも読み解くことができる。古代後期から中世への転換期,及び中世内の画期において,食漆器製作にも大きな変化が見られ,それは社会的変化に連動することを紹介した。