著者
園井 千音 園井 英秀
出版者
大分大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

イギリス文学においては、歴史的に思想、宗教、政治等の社会的変革をその近代化の過程において経験し、いくたびかの国家的危機及び精神的危機にこの間直面する。イギリス文学はこの状況において、時代の文学的記述として、文学本来の芸術的機能を果たすのみならず重要な社会的批評を行い、イギリス文学自体の維持はもとより、国民精神を支えまた国家意識の構築に重要な役割を果たしてきた。本研究はこのような公共的性質が特に17世紀以降のイギリス文学固有の道徳的社会的特質であること、特にその構築的性質の重要性を証明することを主たる目的とした。17世紀においてイギリス文学は、イギリス国民精神の道徳的混迷に対する危機意識を文学的メッセージとして表明した。18世紀におけるロマン派文学においては、フランス革命後の国内外の思想的変化の影響を受け、例えば、ロマンティックヒューマニズムあるいは人間の平等についての社会的認識の高まりはロマン派詩人の意識を先鋭化する。同時に、この傾向はイギリス文学の公共的性質を受け継ぐものであり、その重要な社会的機能を維持する動きであると理解することができる。19世紀後半から20世紀初頭においてイギリスは近代化に伴う国内外の政治的、宗教的、思想的変革を経験する中で、その文学的思潮は、世紀末の終末的思想やデカダンス芸術への逃避、それ以降のモダニズム出現とその思想的揺れなどを経験する。20世紀後半においては例えばフィリップ・ラーキンの主題に見られるように、イギリス文学の伝統的価値である道徳的性質がイギリス国民意識の形成と深い関連を維持することを証明した。これらの分析を通しイギリス文学における道徳的性質が国民及び国家意識の形成においてすぐれて構築的役割を果たすこと、またイギリス文学の公共的性質はその道徳的主題により特徴づけられることを明らかにした。本研はイギリス文学の社会的性質を明らかにしようとする今後の研究の一部として位置づけるものである。