著者
土谷 隆
出版者
GRIPS Policy Research Center
雑誌
GRIPS Discussion Papers
巻号頁・発行日
vol.20-04, 2020-05

1. 本研究では,東京都,大阪府,神奈川県の3自治体を取り上げ,簡単な感染症数理モデルをあてはめて種々のデータと整合性のある形で新型コロナウイルス感染症の感染実態を説明することを試みた.項目4から8がモデルによる解析の主たる結果である.2. 解析に用いるモデルはSIRモデルの単純な一変種で,未感染者・感染者・免疫保持者の割合の時間的変化を記述する.感染者は感染後一定期間(15日間) は他人に感染させる力があり,その後免疫保持者となる.感染者が感染力を持つ期間の感染力は(感染力パラメータβ) × (その時点での未感染者率) である.自粛や緊急事態宣言等の影響を,βの日毎の変化としてモデル化した.モデル自身はその考え方も記述も高等学校の数学の範疇で理解できるものである.3. 解析に用いたデータは下記の通りである.(a) 各自治体によって発表されている日ごとのPCR検査の陽性者数,(b) 厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策専門家会議より2020年5月1日に発表された,東京都における日ごとの発症数(のグラフ),(c) 東京大学(2020年5月15日プレスリリース) と大阪市立大学(2020年5月1日プレスリリース) から発表された抗体検査の結果.4. 本感染症の実際の新規感染者数は,各自治体が把握している新規陽性者数の20倍程度はいる可能性があることが判明した.おそらくはこれらの感染者は,罹患中は感染源となるにもかかわらず,本人自身は未発症かごく軽症に終わり,自治体がその実態,感染プロセスを遅滞なく把握することは困難であると考えられる.仮に,発症者よりも感染力が弱いとしても,これらの未把握感染者は人数的には発症者の20倍程度おり,自由に活動し続けるため,感染が拡大していく上で主要な役割を果たしている可能性もある.したがって,ウイルス根絶のためには,行政が把握している新規陽性者が0となっただけでは不十分で,その状態をそれなりの期間継続する必要がある.5. 東京都において,5月25日に緊急事態宣言の解除が行われた.仮に3週間前後かけて3月26日以前のレベルの社会・経済活動に戻し,そのまま活動を続けると,7月上旬から中旬には感染者が急増する.さらに,仮に,それをそのまま放置すると,10月中旬にピークを迎える大流行となり,12月初旬には収束する.都民の88%が罹患し,36万人が発症し,7万2千人が重症化する.ピーク時には(現在の行政的意味で)1万7千人強の陽性者が1日に発生すると予測される.(これは,あくまでモデルによる試算である.実際には,今回すでに行われたような適切な活動制限・自粛を行うことによって回避可能である.西浦による4月15日の全国についての予測とオーダー的には合致している.)6. 直近の戦略について述べると,6月30日まで緊急事態宣言解除を延期して,その後比較的早く3月下旬のレベルまで社会活動を戻す方が,現行の解除戦略よりも,第2波が起こるまでにより長期間の活動が可能となるだけではなく,クラスター対策がより有効なレベルまでウイルス感染者が減少しうる点で,活動制限延長の損失を補って社会的には利得が大きいと考える.現行の戦略は,ウイルスが減少しきっていないうちに社会・経済活動を戻すため,最悪の場合には6月中に感染者が再増加し,再び行動制限や自粛をしなくてはいけなくなる可能性がある.7. 現行のシステムにおいても,ウイルス感染拡大を抑えるという立場だけからだけであれば,社会・経済活動を2ヶ月の活動期間と3ヶ月の活動制限期間を繰り返す形で,最大1日100人程度の(行政的意味での) 陽性者発生に抑え,周期的に持続していくことは可能であると思われる.(過去4ヶ月の内2月,3月を活動期間,4月,5月を活動制限期間として,仮にさらにもう一月,ウイルス感染鎮静化のため,6月までを活動制限期間としてみれば良い.) ただし,これでは経済的に持続可能とは限らないので,いろいろな工夫をして,3ヶ月の活動期間と1-2ヶ月の活動制限期間を繰り返す形にできるようにすることが,まずは,一つの現実的社会的目標として考えられる.8. 大規模な抗体検査,PCR検査, ICTの活用等,ウイルスの感染実態をつかむ継続的なサーベランスによる予測精度向上と社会全体での情報共有が重要である.9. なお,筆者は統計数理や数理工学の研究者ではあるが,感染症の数理モデルの専門家ではない.流行の態様と行く末を定量的に理解することを目的として,公開されているデータと素朴な数理モデルのみを利用して何ができるか,非力ながらも自分なりに真剣に考えてまとめたものが本小論である.モデルの帰結として若干の予測なども行っているが,これを読まれる方は,書かれている予測結果を鵜呑みにすることはせず,自身の責任で,検討材料の一つとしていただければ幸いである.モデルの検証に必要なことはすべて小論内に書かれている.なお,本小論の結果や考察はあくまで筆者個人の意見として発信されるものであり,筆者の所属大学の公式見解とは無関係である.
著者
田辺 國士 石黒 真木夫 土谷 隆
出版者
統計数理研究所
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1990

1984年にカ-マ-カ-がシンプレックス法とは全く異なる線形計画の新解法を提案してセンセ-ションを巻起こして以来、これに触発されて内点法のアプロ-チによる様々な新解法が現れている。方法論的には、最近の動向はbarrier function法の復活であると一般には考えられているが、むしろNewton法への回帰であると見る考えからこの研究を進めている。Newton法が定めるベクトル場を解析すると自然に最適化問題の微分幾何学的構造に導かれる。「LagrangeとNewtonに帰ろう」という立場から、不等式制約条件下の最適化問題にも特殊な可微分構造を導入して、従来解析的に取り扱われてきた最適化の理論を微分幾何学的立場から再構成し、それを基に新しいアルゴリズムを開発しつつある。具体的には1.甘利氏によって提案されている「情報幾何」に射影幾何学的構造を加味した微分幾何学の構成2.新しい微分幾何学に基づく最適化問題の双対理論の再構成3.微分幾何学の立場からカ-マ-カ-法、伊理・今井法、山下法、Centered Newton法等の既存の解法の解析と関連性の解明4.数値的最適化の新しいアルゴリズムの開発5.アルゴリズムを実装化するために必要な数値線形代数等の数値計算法の研究6.実用化にむけてのプログラムの作成、数値実験を行なっている。