著者
相蘇 一弘
出版者
大阪市立博物館
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1993 (Released:1993-04-01)

江戸時代ほぼ六十年を周期に起きたお蔭参り、文政13年(1830)のお蔭参りのなかから起きたお蔭踊り、慶応3年(1867)に全国規模で起きた「ええじゃないか」の乱舞については、伊勢信仰と密接な関係があることから一連の研究テーマとしてとりあげられることが多かった。一方、近世にはお蔭踊りや「ええじゃないか」と同じ様な踊りを伴う民衆行動として、天保2年(1831)大坂の御救大浚や同9年(1838)の大坂天満宮の砂持を初めとする砂持・正遷宮、同10年の京都豊年踊り(蝶々踊り)などがある。これらの踊りにはさまざまな仮装を伴う場合が多く、その様相は場所や時代が違う場合でも驚くほどよく似ているケースが多い。これらの踊りが発生した背景としては、凶作・飢餓・社会不安など悪い状態から脱出した時期という様な共通性のある場合もあるがない場合もある。またある踊りが他の踊りの流行に影響を与えた場合もあるし、そうでない場合もある。これは、近世後期の上方では何かきっかけがあれば、どこでも同じような形で仮装を伴うような踊りに熱狂し得る共通の素地があったことを意味するものではないだろうか。これら民衆の熱狂は時代や地域、形の異なる場合であってもその底に流れるものは本質的には同じものと考えられる。これらの民衆運動は封建制度に抑圧された人々が得たつかの間の非日常的世界、という点で共通しており、彼らは潜在的に抱いていた解放の願いを集団的な熱狂という手段で一時的に昇華させたのであった。なお、これらの民衆踊りは過去の日常的な生活のさまざまな伝統が持ち出されたものであり、とくに大坂では遊里文化が色濃く影響していると見られる。
著者
横田 耕一
出版者
九州大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1993 (Released:1993-04-01)

1.「法人」の「人権」主体性は最高裁判所で認められているが、「人権」の未来の趣旨からして、「法人」には「人権」は認めるべきでなく、仮に認めるとしても、「個人」と同等のものは認めるべきでない。ただ、宗教団体(教会)が信教の自由の主体であるとの説については、検討課題として残されている。2.労働組合の「団結権」は、組合という「集団」の「権利」としては、認めるべきであるが、これを労働組合の「人権」として認めることは労働者「個人」の「人権」を抑制することになりがちであるので賛成できない。3.アファーマティヴ・アクションは、「集団」に「人権」を保障したものではなく、特定の「集団」に属する「個人」に対して特別の「実質的平等」を保障したものとして理解すべきである。4.人権・民族などの「集団」に対する名誉毀損、差別表現を法的に規制することは不必要であるばかりか、危険であり、重要な「人権」たる「表現の自由」を侵害するので、行うべきではない。5.「第三世代人権」の一つとして主張されている「平和的生存権」は、国際法上の概念が曖昧であり、「人権」として現段階では認められない。日本国憲法における「平和的生存権」は、「個人」の「人権」と考えるべきであり、それを積極的に認めることには意義がある。6.「発展権」は、それを第三世界諸国が主張する理由は理解できるが、それを「人権」と呼ぶには未だその具体的内容が不明であり、主体もはっきりしないので、せいぜいスローガンないし「発展途上の人権」として理解すべきである。したがって、「発展権」を「集団的人権」といま呼ぶことはできない。
著者
小林 和男 古田 俊夫 石井 輝秋
出版者
東京大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1986 (Released:1987-03-31)

日本海中央部の大和堆の北西麓、北大和堆との間に存在する断層崖の下部に転在する岩石片を海洋科学技術センターの運航する「しんかい2000」によって採取した。乗船した本研究代表者小林の目視観察およびビデオ記録の解析から、これらの岩石は母船「なつしま」の曵航テレビによって確認された近傍の崖から落下したものであることはほゞまちがいない。採取された7個の岩石(合計約5キログラム)のうち、3個は泥岩であって崖の表層をつくる堆積岩の破片である。あとの4個は密度が大きく、安山岩、デイサイト及び安山岩質玄武岩の熔岩で、日本列島のような島弧または大陸起源の岩石であることがわかった。一方、研究船白鳳丸のKH86-2航海(昭和61年4〜5月)において、大和堆東方の大和海盆中央に位置する拓洋第2海山から多量の火山岩がドレッジにより採取された。その岩石学的性質は現在分担者の1人石井と山下(大学院生)により研究中であるが、海洋中の海山に特有のアルカリ玄武岩であって、大和堆山麓の岩石とは明らかな差異がある。白鳳丸のこの航海では男鹿半島北西沖の日本海盆西翼の磁気異常が詳しく測定され磁気異常縞模様とそれを切る僞断層が同定された。また、拓洋第2海山などの上で測られた磁気異常はかなり大きい。これに対し、大和堆の上で見られる磁気異常はその山体の大きさに比すれば著しく小さく、大和堆をつくる岩石が磁化の小さい安山岩、デイサイト、花崗岩などから成ることを示すと考えられる。大和海盆の磁気異常は日本海盆ほど整列していないので、島弧火成活動が海盆底にまで及んでいると思われる。大和堆は現在の島弧活動が起こるには海溝から遠すぎるので、その火成活動は大和海盆拡大以前(おそらく15Ma以前)であったと思われる。
著者
島田 信夫 河合 隆裕 斉藤 恭司 柏原 正樹 荒木 不二洋 中野 茂男
出版者
京都大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1986 (Released:1987-03-31)

本研究の目的とする多様体、特に複素多様体の幾何学と関連諸問題の研究に関して、複素空間、代数的多様体等の特異点の研究、偏微分方程式の解空間の構造、またそれに対する代数解析的研究、一般コホモロジー論、特に複素コボルディズム論の研究、代数的K-理論の研究、数理物理学的研究等様々の立場からの研究分担者による探求が進められ、多くの新たな成果と進展をみた。以下にその概要を述べる。1.島田はAdamsスペクトル系列の【E_1】-項を与えるラムダ代数の概念を、複素コボルディズム論におけるNovikovスペクトル系列の場合に拡張し、やはりその【E_1】-項を与えるMU-ラムダ代数を構成した。その幾何学的応用は今後の研究課題である。島川は多重圈の概念を活用して代数的K-理論における積構造について圈論的な存在証明を与えた、またそれらの同変理論も研究中である。2.斉藤恭司は正規ウェイト系に対応する孤立特異点をもつ超曲面に対して特異点解消、コンパクト化等の操作により、多くの重要かつ興味ある代数曲面の族を構成し、それらの分類および代数幾何学的特性について詳細な研究を行った。これは斉藤の従前からの一般ウェイト系、特異点、一般Weyl群と不変式論等の研究の進展継続を示す目ざましい成果である。成木は斉藤の仕事に関連して、或種の型の特異点解消に伴う楕円曲面系を簡明に構成した。3.中野,大沢は複素多様体上の或種の増大条件を満す正則函数の拡大に関する結果を得た。また大沢はK'dhler多様体と多変数函数論の研究を進めた。4.柏原,河合はD-が群の研究を進め多くの成果を挙げ、また三輪,神保は代数解析の方法を数理物理学へ適用し成果を得た。5.荒木は2次元Ising模型に対する相関函数の解析性に関する結果を得たまた中西,小嶋は場の理論の研究で成果を得た。その他、研究分担者による微分方程式、無限次元測度の研究がある。
著者
金子 勝
出版者
法政大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1993 (Released:1993-04-01)

本研究の目的は、移民社会を抱えた先進福祉国家と移民を輩出する発展途上国との関係を、財政政策を媒介にして明らかにすることであった。先進国側では、移民社会の出現が、地方自治を通して福祉国家の縮小を促す。福祉的な社会サービスの受給者が移民であるのに対して、その税負担はもっぱら白人ミドル・クラスの財政課税に依存しているために、サービス受益者と税負担者が人種的の分裂してしまうからである。特に英米のようなアングロサクソン系諸国では、こうした傾向が強い。これに対して、南アジア諸国やフィリピンのような途上国では、移民達の送金が構造調整政策を支える役割を果している。1980年代以降貿易・為替政策の自由化や公的部門の縮小をはじめとする経済自由化政策を追求してきた。しかし脆弱な産業構造をもつ途上国では、さまざまな手段を講じて移民送金を引きつけようとするのである。また中国では華僑の投資が経済成長を先導している。このように移民社会の出現は、互いに経済自由化政策を支え合うという関係を作り出すのである。つまり、それは先進国の福祉国家を解体し、途上国では構造調整政策の実行を支える役割を果すのである。しかし、このことは、先進国・途上国の双方で、経済自由化政策に問題がないということを意味していない。先進国側では、マネタリスト的政策の一貫性は失われている。他方、途上国側では、経済自由化政策が外国投資の増加をもたらす反面、地域間格差や貧困問題を悪化させる側面をもっている。特に、地方財政分野では、税構造の歪み・インフラ事業の赤字や資金不足問題が生じており、教育・衛生・社会保障などの支出低下が生じているために、貧困問題の中長期的解決を遅らせているのである。
著者
内藤 芳篤 六反田 篤 分部 哲秋 松下 孝幸
出版者
長崎大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1987 (Released:1987-04-01)

1.人骨の発掘収集(1)長崎県対馬の上県郡峰町佐賀貝塚および壱岐の石田町大久保遺跡から合計7体の人骨を発掘収集し, 復原した.(2)対馬佐賀貝塚の縄文人骨および壱岐大久保遺跡の弥生人骨についてマルチン氏の方法により人類学的計測を行なうとともに, 長崎大学および他大学保管の両時代人骨と比較検討した.2.人骨の形質(1)対馬の縄文人骨, 男性における脳頭蓋の長幅示数は80.54で, 短頭型に属していた. 顔面頭蓋では, 上顔高が64mm, 中顔幅が103mmで上顔示数は62.14であった. 歯の咬合は鉗子状咬合であったが, 風習的抜歯は確認できなかった. ピアソン氏の方法による大腿骨からの推定身長は160.83cmであった. 他地方縄文人骨との比較では, 九州本土の縄文人骨と酷似し, 津雲, 関東の縄文人骨とも比較的近似していた.(2)壱岐の弥生人骨, 頭蓋諸径が著しく大きく, 男性における脳頭蓋の長幅指数は79.29で中頭型に属していた. 顔面頭蓋では, 上顔高が72mm, 中顔幅が119mmで, 上顔示数は60.50であった. また鼻根部は陥没し, 縄文人的形態をとどめていた. 歯の咬合は鉗子状咬合で, 右側上顎犬歯に風習的抜歯が認められた. 推定身長は158.20cmであった. 他地方弥生人骨との比較では, 低身・低顔を特徴とする西北九州の弥生人骨と近似し, 長身・高顔を特徴とする北部九州・山口地方の弥生人骨, あるいは朝鮮半島の同時代人骨とは異なっていた.3.今後の方針壱岐・対馬は地理的にみて人類学上きわめて重要な地域であり, 今後さらに人骨資料の収集, 研究につとめたい.
著者
森嶋 彌重 森嶋 弥重 伊藤 哲夫 古賀 妙子 近藤 宗平
出版者
近畿大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1987 (Released:1987-04-01)

チェルノブイリ原発事故が発災災生し、3年を経過した。日本本土のほぼ中央に位置する琵琶湖生態圏における放射性核種の動向および経時変化について観察した。(1)琵琶湖水については、表層水1m^3を採取し、検出された放射性核種は半年後以降Cs-137のみとなり、ほぼ1/10以下で平衡行状態を示し、現在は事故以前の濃度0.2mBq/1に減少した。(2)湖泥のCs-137の深度分布は表層土より10〜20cmで最高値を示し、その濃度は粘土成分の多い所で高く、場所により2倍の変動を示した。このCs-137は、チェルノブイリ原発事故以前の放射性降下物による影響が大きいと思われる。これはチェルノブイリ事故の降下物中のCs-134/Cs-137比が1/2であるが、Cs-134の沈着が少ないことより推測される。(3)琵琶湖に生育している生物には、3年後でもCs-137が検出され、その濃度はブラックバスの肉部で0.5Bq/kgとなり、半年後の最高値2.0Bq/kgに比べ、約25%と経時的に減少している。(4)水草中のCs-137濃度は、夏に低く、冬に高い傾向を示しながら徐々に減少していく。これは冬季は枯れて芽体で越冬し、夏には生長して生物学的希釈を生じるものと思われる。(5)湖水中のCs-137濃度に対する生物中の濃度比を濃縮係数とすると、ブラックバス、モロコ、ブル-ギルは1000〜4000コイ、フナは200〜1000、貝は100〜170と低かった。原発事故などにより放出される核分裂生成物の生態圏への影響を知る上で指標生物としては濃縮係数の大きい生物が望まれるが、ブラックバスなどが有効であると思われる。
著者
上村 俊雄
出版者
鹿児島大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1991 (Released:1991-04-01)

日本列島の近海に沿って流れる黒潮は、一つは九州の西を過ぎて日本海に入り本州および北海道の西岸を洗い、他の一つは太平洋岸側の伊豆諸島に達している。本研究では、黒潮の流れに乗って原始・古代の南島および大陸からどのような文物が往来したのか、また九州沿岸地域にどのように影響を及ぼしたのかなどについて調査研究を試みた。調査研究の対象を1.南島産の貝製品(ゴホウラ・イモガイ・オオツタノハなど)、2.大陸の関係の深い支石墓の2点にしぼり、壱岐・対馬、五島列島などの島嶼および西北九州を中心とした九州西岸の沿岸地域を調査した。1のテ-マの南海産貝製品のうち、ゴホウラ製貝輪は有川町浜郷遺跡(五島列島)、平戸市根獅子遺跡(平戸島)、イモガイ製貝輪は佐世保市宮の本遺跡(九十九島中の高島)、五島列島の福江島大浜貝塚・中通島浜郷遺跡・宇久島宇久松原遺跡、オオツタノハ製貝輪は宇久松原遺跡・福江島大浜貝塚などで出士している。また、埋葬人骨にともなうアワビの副葬列が中通島浜郷遺跡、福江島大浜貝塚で確認されたが、同様な列は沖縄本島読谷村木綿原遺跡にもあり、弥生時代の五島列島と沖縄に共通した理葬習俗が見られることは注目される。南海産貝輪は九州西海岸をかすめて北九州へ運ばれるル-トの中で五島列島へもたらされたと考えられる。2のテ-マの支石墓については、甕棺・土壙・箱式石棺などの下部構造について調査した。九十九島の宮の本遺跡、五島列島の宇久松原遺跡・神ノ崎遺跡(小値賀島)・浜郷遺跡などの箱式石棺墓の中に南九州特有の古墳時代の墓制である地下式板石積石室墓を想起させるものがある。地下式板石積石室墓の祖源は縄文時代晩期の支石墓に遡る可能性を示唆しており、五島列島方面から南九州西海岸に到達したものと考えられる。この見解については平成3年11月9日、隼人文化研究会で「地下式板石積み石室墓の源流」と題して口頭発表をおこなった。
著者
中井 宏 吉田 春夫
出版者
国立天文台
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1995 (Released:1995-04-01)

冥王星の軌道は正のリアプノフ指数を持ちその意味でカオス的な軌道である。本研究では、過去・未来112億年間の外惑星系の数値シミュレーションを行い、海王星と冥王星の間の共鳴関係が冥王星軌道の安定性に果たす役割について調べた。1,従来から知られていた3個の共鳴関係の他に、"海王星と冥王星の昇交点経度の差の3倍と海王星と冥王星の近日点経度の差の和が180度の回り110度の振幅、5.9億年の周期で秤動する。"という新しい関係を見付けた。重力効果だけの働く保存系では、これらの4個の共鳴関係が少なくとも112億年正確に維持することを確かめた。また、これらの関係は冥王星が海王星に大接近するのを妨げるように働き、冥王星の軌道安定化機構として作用していることを確かめた。2,冥王星とその近傍に配置したテスト天体の相空間上での距離は時間と共に指数関数的に増加するが、共鳴関係の振幅以下で飽和し、それ以上には増加しかった。すなわち、冥王星近傍の軌道は海王星との共鳴間系により、運動領域が制限され、軌道要素は周期的変動幅以下でしか変化出来ないことになり、大局的な軌道は準周期運動となるが、軌道要素の差が飽和値以下の微小運動領域内では運動を制限する力が働かないため、軌道はカオス的で、リアプノフ指数は正となることを示した。3,重力効果だけの働く保存系では外惑星の軌道配置は112億年の間、現在と殆ど変わらなかった。これは、太陽系誕生期には非保存力が働いていたことを暗示している。現在の惑星配置及び惑星相互の共鳴関係がエネルギー散逸過程とどう結び付くのかは今後の重要な研究課題である。
著者
倉沢 愛子
出版者
名古屋大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1994 (Released:1994-04-01)

平成6年度の研究を継続させ、平成7年7月-8月と12月にはインドネシアにおもむいて現地での資料収集ならびにインタビュー調査を行った。昨年から整理している、バリ島で教師をしていた一日本人の日記をワープロに入力し、整理する作業は、院生らの協力を得てようやく完成し、その内容分析を行った。さらに、日本占領期に制作されたニュースやドキュメンタリー映画の中に収録されている、日本軍司令官や、スカルノら対日協力者の演説の文言を分析し、日本が具体的にどのような理論で、インドネシアの住民を戦争協力に向けて動員しようとしていたのかを分析した。これらの研究活動と平行して、これまでの研究成果を具体的な形で出した。そのひとつは、終戦50周年を記念して神奈川県湘南セミナーハウスで平成7年11月に三日間にわたって開催された「東南アジア史のなかの日本占領」と題するシンポジウムに参加し、日本のインドネシア占領に関する研究発表を行ったことである。さらにインドネシア独立50周年を記念して平成7年7月11日から14日までインドネシアのジャカルタで開催された"National Revolution:Memories,studies,reflections"と題する国際会議にも出席し、研究発表を行った。その他、本研究テーマに関しいくつかの雑誌論文を刊行した。
著者
坂口 英
出版者
岡山大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1990 (Released:1990-04-01)

本研究ではまずはじめに,後腸発酵動物(モルモット,デグー,オオミミマウス,マーラ,ヌートリア,ハムスター,ハタネズミ,ラット,ウサギ)のADF消化率と消化管内容物滞留時間との関係を検討した.その結果,繊維の消化能力は微生物発酵槽である大腸の内容物貯留能に支配されるが,それぞれの動物の消化管によって異なる貯留機能が備わっており,繊維消化能はその機能に応じて異なることが示された.また,ウサギの消化管機能は飼料の物理性,特に粒子サイズに大きく影響され,飼料繊維の消化率の変動は他の後腸発酵動物とは異なった要因によってもたらされることが明らかになった.次に,異なる大腸内容物貯留機能と繊維消化能力を備えた動物種間で,消化管内微生物活性にどのような違いがあるかを検討するために,同一飼料を与えたラット,モルモット,オオミミマウスの大腸内容物中の繊維分解菌数,有機酸組成,大腸内微生物の繊維分解活性等を調べた.繊維分解菌数は繊維消化能力の高いモルモットが必ずしも多くなく,短鎖脂肪酸組成,短鎖脂肪酸総量,セルロース分解活性にも動物種間差が認められ,これら3動物種の盲腸内セルロース分解菌の種類と性質に差異があることが示された.しかしながら繊維の消化能力とこれらの微生物に関わる測定結果との一定の関係はつかめなかった.以上のように本研究で調べた齧歯類間の繊維消化能力の違いは,動物の持つ盲腸内セルロース分解菌数と活性からだけでは説明することはできないことが示唆された.繊維分解の動物種間差は,セルロース分解菌群が存在する発酵槽(盲腸)へ流入する内容物(基質)の質的な違い,セルロース分解菌を効率よく保持できる消化管構造と機能の有無などによってもたらされるものと考えられる.
著者
吉葉 繁雄
出版者
東京慈恵会医科大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1990 (Released:1990-04-01)

1.山蛭生息密度の定点調査の継続により,活動期間が寒季側に延長し,12月1月にも採集され,それらが2月に産卵したのは寒冷に対する馴化と見られ,大繁殖終息の兆しはなく,生見域は拡大しつつある。2.大繁殖の要因として(1)シカを主とする野獣の人里出現(源樓地からの伝搬と供血),(2)山蛭の天敵は不在に等しいこと,(3)1984年頃の天候が山蛭の定着繁殖に適したこと;(1)の原因として(a)山林事情(薪炭の需要減でマテバシイ葉繁茂→日射遮断→地表食草不生育),(b)保護獣指定による頭数過密,(c)食性変化,(d)野犬の追撃から逃亡,等が判明。3.水樓昆虫コオイムシの山蛭捕食能力を確認,天敵は4種となったが,双方の生息密度比,遭遇頻度から,駆除には実質上は役立たない。4.ヒトの吸血被害時の最著症状は吸血痕からの出血時間の延長と凝固性喪失による1時間に及ぶ出血で,その後創囲皮内出血,〓痒,人により硬結が生ずるが,1%タンニン酸綿清拭,抗ヒスタミン軟膏塗布,カット絆貼付が有効な簡易必要処置となる。5.山蛭に吸血された人獣の血中には抗山蛭抗体ができ,吸血回数と共に増量,出血を緩和,吸血した山蛭に致死作用を発揮する。外国産別亜種による抗体も共通で,17年前の被害でも抗体価は維持されていた。6.山蛭生息域のシカの第3・4趾間には有穴性炎性腫瘤が形成されてその穴腔内には山蛭が潜居するほか,四肢遠位部全体で数十匹の吸血とは無関数に付着し,シカの恰も山蛭の固有宿主にような関係にある。7.山蛭生息密度は抗体による免疫学的間引きで制御されてもいる。8.鳥類は山蛭に好まれ,吸血による抗体はでき難いので,地上歩行種はヤマビルにとって安全な供血および伝搬宿主となりうる。9.山蛭の野外駆除には煙草葉熱湯浸漬液や硫酸ニコチン液,皮膚面からの除去には食塩末や各種の灰が有効で,全て殺蛭作用を示した。
著者
森 樊須
出版者
北海道大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1991 (Released:1991-04-01)

マレ-シアのFicus属植物から発見したツメダニの一種Hemicheyletiamoriiは葉裏の葉縁部に薄い粗い綱を張って、その中に家族(雌、第2ニンフ、第1ニンフ、幼虫、卵)が群居している。産雌単性生殖で、雄はいない。Ficusでの密度は100葉当たり4.3巣、巣内の齢構成は(平均個体数)、雌3.48、第2ニンフ4.36、第1ニンフ5.82、幼虫5.19、卵4.27であった。輸入後の試験ではナミハダニ、タケスゴモリハダニ、ケナガカブリダニ、チリカブリダニの成虫を捕食した。H.moriiの家族は巣に接近した餌の脚部を触肢で瞬時に捕獲、家族共同で捕殺することが多い。摂食所要時間は約50〜120分、餌の死体は巣外(葉外、葉縁部、巣から離れた葉面上)に、捕食に参加した1個体が担いで投棄する。H.moriiは巣をはなれて葉内を単独で歩くワンダ-リングを行なうことがある。雌1、ニンフと幼虫25の巣では、雌個体が巣をはなれ葉表・裏を36分間かけて一巡して巣にもどった。次に雌3,ニンフ・幼虫22の巣では、雌1個体が日中から夜に立て続け20分間、51分間、38分間のワンダ-リングを行なった。ワンダ-リング中に他巣の雌を実験的に接触させても干渉しないことや、巣内に群居する個体は、他の巣からの個体を排撃することなく自分の巣内に受入れることなどから、ワンダ-リングは分散前の先駆的な行動と考えられた。従従供試したFRIM(マレ-シア森林研究所)のFicus葉から採集したツメダニ(Ficus系統)と、遠隔地のタケから採集したツメダニ(Bamloo系統)を用いてpermeability(浸透性)を実験した。両系統のツメダニ個体は、同系統間においても、他系統間においても、他の巣からの侵入(intruder)と巣内への受入れ(receiver)を行なった。このことから、これらグル-プメンバ-相互の親近性は、種の社会性の指標と見られている凝集性cohesivenessを示したことになる。巣を構成するメンバ-にとって、捕食・防衛・増殖上有利かもしれない。
著者
渡辺 俊行 龍 有二 林 徹夫
出版者
九州大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1989 (Released:1989-04-01)

本研究は、パッシブ住宅の室内熱環境を予測評価するための設計支援システムの開発を目的としている。パッシブ住宅とは、日射・風・気温・地温などの自然エネルギ-を利用して、建築の構造体や空間が持っている熱的環境調整機能をコントロ-ルすることにより、夏涼しくて冬暖かい快適な室内環境の形成を図るものである。最終的に得られた成果は以下の通りである。1.パッシブ住宅の熱環境計画基本フロ-を示し、住宅用熱負荷概算プログラム,単室定常熱環境予測プログラム,多数室非定常熱環境予測プログラムを作成した。2.単室定常熱環境予測モデルにおいては、新たに室内平均放射温度と室内相対湿度の計算を組み込み、体感温度SET^*による評価を可能にした。このモデルは設計途中で熱環境を予測する際に有効であり、どの程度の通風を期待したらよいかなどを決定することができる。3.多数室非定常熱環境予測モデルにおいては、居住者の在室スケジュ-ルと体感指標PMVを設定した予測シミュレ-ションが可能である。ブラインドを含む窓面の伝熱モデルを追加し、いわゆるニアサイクル型のパッシブ住宅も取り扱えるよう改良した。夏季の日射遮蔽,通風,夜間換気,地中冷熱、冬季の断熱,気密,集熱,蓄熱を考えて基準住宅モデルの仕様を変更し、PMV±0.5以内を目標値とした室温および負荷変動のシミュレ-ション結果を基に、各パッシブ要素の個別効果と複合効果、補助冷暖房の必要期間と所要エネルギ-を明らかにした。4.徳山市および福岡市の各実験住宅において、夏季および冬季の室内熱環境を実測調査し、多数室非定常熱環境予測モデルによる計算値と比較検証した。その結果、計算値は測定値とよく一致し、本予測評価システムの有効性が確認された。
著者
泉 幽香 森田 三郎 中田 睦子
出版者
国立民族学博物館
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1991 (Released:1991-04-01)

今年度は、昨年度に引き続いて長崎県五島列島の福江島に、八月十三〜一五日の盆の現行の行事の一環として各地区の青年団或は近年変貌の著しい保存会による"念仏踊り"を、"チャンココ"を執行する福江市内一〇地区のみでなく、一昨年訪れた富江町の"オネオンデ"の寺回り(狩立)と墓回り(山下)、玉の浦町の"カケ"の寺での練習後の直会と南北に別れての町回りに先立っての寺での踊り始め、三井楽町嵯峨島の観光で名高い千畳敷での"オーモンデ"等の諸行事のうち今迄臨場してビデオカメラに収録出来なかったものを対象とした。その際、各地区で異なる装束や踊りなどの視覚的なものからパーカッシブな鉦や太鼓或は大小の鉦どうしの呼応と掛け声や合いの手、斉唱や輪唱或は一声多声や掛け合いなどの唄い方や時と場所に応じた変化に注目してみた"チャンココ"の場合、特に八月七日に、1)町内会長宅や郷長宅を訪れたり(野々切)、2)ムラの地蔵等"神さん参り"をして村内の寺に行く(崎山では一〇日は上崎山、一一日は下崎山が寺で施餓鬼を行う際同様にする)、3)"七夕宿"と称して、順番に割り当てられたムラ内の当屋でムラ全戸から人を招きその家の祖先の祖霊になっていない霊をかしわ御飯を炊いて供し、僧にお経を挙げてもらい、チャンココにも庭で踊ってもらう、所謂祖先内の施食供養をする(現在は高田で。以前は大窄でも行なわれていた)。一四,一五日の昼念仏に先立っての"部落回り"に先立って、上記の行事は夜念仏の範ちゅうに分類され、祖霊に対する死霊或は餓鬼、家(の仏壇)に墓や辻・地蔵(ムラの境界或は結界)対すると言える。只、初盆の家の仏壇の脇の新仏の為の盆棚と精霊棚、七夕宿は、五島の祖先供養の両義性と家と村落の関係の多様性を象徴していると考える。
著者
前田 辰昭 高木 省吾 中谷 敏邦 高橋 豊美
出版者
北海道大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1987 (Released:1987-04-01)

北海道西岸沖合に産卵のため来遊するスケトウダラの魚群構造と回遊の研究は、当初計画通り実施された。昭和62年度から平成元年度の4月と10月に、後志沖合から青森県沖合の日本海で水温、塩分、餌料プランクトン等の外、航走中24KHzの魚探を作動させて、スケトウダラの分布と密度を観察した。また、中層トロ-ルによる漁獲試験と標本採集をした。この外2月には檜山沖合で本種の標識放流を実施した。1.4月の魚群は沿岸の産卵場付近では150〜300m層に、沖合では200〜400m層と、沖合ほど深い。分布域は日本海の中央部にまで達し、対馬暖流水と亜寒帯水との境界域に当る前線域に高密度群が出現した。2.10月の魚群は産卵期の接近に伴い、次第に接岸し、沿岸域で最も密度が高い。この時期は高水温のため、400〜500m層と分布層が深い。3.魚群の年齢組成は3〜8才で、それらの中心は卓越年級群の1984年生れである。3ケ年間では1989年10月が最高密度を示した。4.標識放流は昭和62年度から平成元年度までの2月に、檜山沖合で約4500尾について実施した。本研究期間内の再捕結果は、従来の知見とされた定説の北上回遊と異なり、索餌期の夏期には南下して津軽海峡に出現し、さらに新潟県沖合から富山湾沖合にまで回遊して再捕されている。しかし、産卵期には放流地点の檜山沖合でのみ再捕され、本種の回帰性の強さが示唆された。5.本種の回遊は従来、北部の武蔵堆周辺から陸棚沿に南下し、産卵後は再び北上するとされていた。しかし、本研究では、成魚は南西部沖合から接岸し、産卵後は再び南西海域に回遊することが明らかになった。今後は不明であった幼稚魚の移送先や未成魚期の生活域の把握が必要である。それは来遊量予測や資源変動の解明に不可欠なためである。
著者
猿田 佳那子
出版者
広島女学院大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1995 (Released:1995-04-01)

本研究の主たる調査対象は、日本占領時に収集された瀬川幸吉コレクションと、台湾総督府が中心となって残した記録類である。台湾では、17世紀以来支配勢力の興亡がくりかえされたが、1895年にはじまる日本占領期間中は、山岳地域や離島に住む先住民をも統治下においた。現時点では本研究の概要をまとめるには至っていないが、外界との接触による影響のうち、特筆すべきものをつぎにあげる。1.素材の移入:交易が開放的である民族ほど、織技の衰退が著しい。首狩の風習を残していたタイヤル族や離島に住むヤミ族では、自生の繊維を用いた剛直な織物がもちいられた。パイワン族やアミ族では交易によって木綿、モスリンなどがもたらされたことがわかる。これは肌触りがなめらかで発色もよいという理由から、日本でも同様な経過をたどったことと対比できる。また、独自の染色技術の発達がみられず、一枚の布のうち、赤は毛、青は綿、白は麻を交織している物が少なくない。これらは、毛布、藍木綿を交易によって入手し、解して自生の麻に混ぜて織った物とみられる。2.衣服の受容:家族や地域住民の集合写真をみると、子供は日本のキモノらしいものを着用している例が散見する。浴衣が支給されたり、日本から派遣された公務員の妻たちが、手縫いやミシン縫いを教えたという記録もある。男性は立襟の軍服風のものや帽子を着用している。当時の彼らが持っていた日本服観、漢満族服観、洋服観はどのようなものであったろうか。3.身体変工:満族の習慣であるところの弁髪を採用している肖像写真が目を引く。入れ墨の習慣もあったが、入れ墨が一時的な加工であるのに対して、頭髪は自然にまかせれば弁髪状態を保ち得ないのであるから、継続的にこうした理髪を続けていたことになる。
著者
木下 泉 青海 忠久 田中 克
出版者
京都大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1994 (Released:1994-04-01)

四万十川河口内で浅所と流心部の仔稚魚と魚卵の出現状況から,アユ,ハゼ科等の河川内で孵化し,成長した後,河口内浅所に接岸するグループ,カサゴ,ネズッポ科等の河口付近で孵化するが,その後他の水域へ移動するグループ,ボラ科,ヘダイ亜科等の沖合で孵化し,成長した後,河口内浅所に接岸するグループの3つに分けることができる.河口内浅所のアマモ場,非アマモ域と河口周辺の砕波帯を比べると,アマモ場と砕波帯には各々特徴的な種がみられた.本河口内には海産魚類の仔稚魚が多く出現し,砕波帯にも共通している.しかし主分布域は種独特の塩分選好性により河口内浅所と砕波帯に分かれ,河口内浅所はプロラクチン産生等で低塩分適応を獲得した特定の仔稚魚が成育場としていると考えられる.河口内浅所と砕波帯との共通種の加入サイズは一致し,これら仔魚は砕波帯を経由せず沖合から直接河口内に移入し,浅所に接岸すると考えられる.本河口内と沖合との間には著しい塩分勾配がみられ,河口内への仔稚魚の移入に塩分の水平的傾斜が関与している可能性が高い.成育場での仔稚魚郡集は滞在の長短によりresidentグループとmigrantグループに大別されるが,本河口内浅所の仔稚魚の多くは前者に属する.この点で殆どがmigrantグループである砕波帯の仔稚魚相とは大きく異なる.しかし河口内浅所におけるresidentグループには成長に伴ってアマモ場に移住する種が多い.一方,アマモ場は本河口内浅所が仔魚から若魚期に至る成育場として重要な環境要素となっている.本河口内で生活する仔稚魚は枝角類・橈脚類に加え,流心部に多く分布するハゼ科・アユ仔魚を多く摂餌している.浮遊期仔魚は浮遊甲殻類に比べて,はるかに質的に重要な餌生物であろう.以上のように,本河口域浅所は豊富で独特な餌料環境を形成するとともに,逃避場所や定着場所として利用されるアマモ場が周年存在することにより,低塩分環境に適応した特定の魚類にとって,初期生活の大部分を過ごすことができる重要な成育場となっていることが分かった.
著者
西山 茂
出版者
東洋大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1990 (Released:1990-04-01)

補助金交付期間に得られた研究成果の概要は、以下の通りである。(1)生野区にいる在日韓国・朝鮮人(以下、在日という)の葬儀の約90%が日本仏教寺院で行なわれているが、そうした寺は彼等にとって便宜的な葬儀の場以上の意味をもっていない。また、生野区の日本仏教寺院の82%が在日の葬儀を経験しているが、寺が葬儀を引き受ける動機の多くは経済的なものである。さらに、寺での在日の一般的な葬儀の形態は儒教式(韓国・朝鮮式)と仏教式(日本式)の折裏である。(2)生野区にいる在日の殆どは、町内会を通して自動的に神社の氏子となって神社への寄付もしているが、役員となって神社の意志決定に参画する機会は殆ど与えられていない。ただし、在日の多くは、初詣や祭りの時に神社に参拝するだけでなく、七五三や結婚式、さらには地鎮祭や上棟式のお祓いなどを神社に依頼したりもする。また、祭礼時の地車曳行や獅子舞いには在日の子弟が数多く参加し、それが大人になっても懐かしいふるさとの思い出となっているという。(3)生野区には比較的多くの在日信者を含む創価学会(推定で3300名前後)、崇教真光(推定で1000名前後)、天理教(140名)などの新宗教がある。これらの新宗教の在日信者の割合は、創価学会と崇教真光が約三分の一、天理教の場合は2.5%である。また、切宗教諸教団のなかでは比較的歴史の浅い新宗教のほうが在日の信者が多く、同一の新宗教教団のなかでは指導者が在日で信者のなかにも多くの在日があるような教会などに在日の信者が集中する傾向がある。