著者
坂本 梨花 羽﨑 完
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48100785, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】呼吸は,胸郭の運動によって可能となり,胸郭の運動は肋骨の運動によって可能となる。肋骨は,肋椎関節で脊柱と連結されている。したがって,呼吸には脊柱の運動も関係していると考えられる。実際,脊柱を屈曲させると肋間隙が狭小し,脊柱を伸展させると肋間隙が拡大することが知られている。一方,加齢により身体機能は低下するが,脊柱では可動域制限が起こる。また一般に高齢者では呼吸機能が低下している。我々はこれまで,高齢者の最大呼気・最大吸気時の胸椎の変位量と呼吸筋力の関係を検討し,高齢者は,呼吸筋力,特に呼気筋力の低下の代償として胸椎を過剰に屈曲させることを明らかにしてきた。本研究の目的は,高齢者の安静時の胸椎アライメントおよび胸椎の可動域と胸郭可動性の関係を検討することである。【方法】高齢女性19 名,平均年齢80.1 ± 5.9 歳を対象とした。平均身長は150.4 ± 4.0cm ,平均体重は49.4 ± 8.5kgであった。また,対象者は独歩可能な高齢者であり,脊柱に痛みがなく,呼吸器に疾患を持たないものとした。胸椎アライメントの測定は,体表面上より脊椎の各椎体間の角度を測定できるスパイナルマウスを使用して行った。被験者に背もたれの無い椅子に楽な姿勢で座らせ,安静時・最大屈曲時・最大伸展時の脊柱アライメントを測定した。胸郭の可動性の測定は,メジャーを使用して行った。被験者に背もたれの無い椅子に楽な姿勢で座らせ,安静時・最大呼気時・最大吸気時の腋窩部胸郭周径(以下,上部),剣状突起部胸郭周径(以下,下部)を測定した。解析は,胸椎の可動域では,胸椎屈曲可動域(最大屈曲−安静時),最大伸展可動域(最大伸展時−安静時)を算出した。胸郭可動性については,最大呼気時から最大吸気時までの変位量(以下,最大胸郭可動性)・安静時から最大呼気時までの変位量(以下,最大呼気時の胸郭可動性)・安静時から最大吸気時までの変位量(以下,最大吸気時の胸郭可動性)を算出した。そして,安静時の胸椎アライメントおよび胸椎の可動域と胸郭可動性の相関係数をスピアマンの順位相関にて求め検討した。【倫理的配慮、説明と同意】各被験者には本実験を行う前に本研究の趣旨を文章ならびに口頭で十分に説明した上で,研究参加の同意を得た。【結果】胸椎屈曲可動域は平均17.56 ± 10.55°,胸椎伸展可動域は平均10.68 ± 7.26°であった。上部の最大呼気時の胸郭可動性は平均-0.158 ± 0.46cm,最大吸気時の胸郭可動性は平均1.579 ± 0.67 cmであった。下部の最大呼気時の胸郭可動性は平均-0.395 ± 0.55 cm,最大吸気時の胸郭可動性は平均1.342 ± 0.78 cmであった。安静時の胸椎アライメントと上部の最大胸郭可動性では-0.595(p>0.01)の有意な負の相関が認められた。安静時の胸椎アライメントと下部の最大胸郭可動性では-0.326 で有意な相関は認められなかった。胸椎の最大屈曲可動域と上部の最大胸郭可動性では0.1181,下部の最大胸郭可動性とでは-0.079 で相関は認められなかった。胸椎の最大伸展可動域と上部の最大胸郭可動性では0.105,下部の最大胸郭可動性とでは-0.113 で有意な相関は認められなかった。【考察】胸郭可動性から,高齢者では最大呼気時に上部および下部胸郭共にほとんど動かしていないことがわかった。つまり高齢者では,呼気時に十分に肋骨を下制できていないと言える。胸椎の安静時アライメントと上部の最大胸郭可動性で有意な負の相関関係が認められた。(p<0.01)これは,胸椎が安静時に後弯しているほど,上部の胸郭の動きが制限されることを示している。胸椎が屈曲位になると肋骨は上下方から集束が起こり肋間隙は狭小化する。その肋骨が狭小化された状態で肋骨を挙上しようとしても,肋骨が動ける範囲は小さくなるためこのような結果となったと考えた。一方,下部の最大胸郭可動性では相関が見られなかったのは,下部肋骨は浮肋であることや,上部肋骨では2 つの椎体と関節をなすが下部では単独の椎体と関節をなし,下部の肋椎関節は平面で横の位置で高さを変えるので胸椎後弯の影響を受けにくいのではないかと考える。胸椎の可動域と胸郭の変位量ではいずれも相関が認められなかった。このことから,安静時の胸椎弯曲状態が胸郭の動きに関係していることがわかった。【理学療法学研究としての意義】今回明らかになった高齢者の安静時の胸椎アライメントおよび可動域と胸郭可動性の関係は,高齢者に対する胸郭可動域改善のためには胸郭だけにアプローチするのではなく胸椎に対してもアプローチすることが重要であることがわかった。