著者
栗山 美香 垣本 和宏 野崎 威功真 Pauline Manyepa Matilda K Zyambo
出版者
日本国際保健医療学会
雑誌
国際保健医療 (ISSN:09176543)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.59-70, 2012

<B>目的</B><BR>ザンビアのリビングストン市の抗HIV治療(ART)の状況やART登録者数、治療脱落率を検証し、さらにART患者の背景にある治療促進要因と障害要因について検討し、治療脱落者を減少させつつ治療を拡大する方策について考察することを目的とした。<BR><B>方法</B><BR>2009年10月にリビングストン市保健局の関係者へのARTの展開に関して聞き取りや関連資料を収集した。また、27名の治療脱落者とフォーカスグループディスカッション(FGD)を実施し、治療中断と再開の経緯について経験を語り、その要旨を分析した。<BR><B>結果</B><BR>リビングストン市内においてARTが可能な医療施設が拡大しているが、その半数の施設においてCD4数が測定できず、治療開始時期の遅延を招いていた。抗HIV治療薬(ARV)と問診は原則無料サービスであったが、レントゲン撮影や合併症治療で実質患者負担が発生していた。治療脱落率(追跡不可能患者の率)の平均は、22.7%(範囲 : 0-30.6%)であった。患者数が多く医療スタッフ不足のARTセンターでは、脱落患者のフォローアップが徹底されていなかった。<BR>FGDでは食糧不安、羞恥心、副作用や合併症など、複数の要因が重なり合って影響し合うことで、絶望感や内服への精神的ストレスを増大させていた可能性が伺えた。治療開始半年から数年後の体調回復から完治したと思い込み中断した例、医療サービスの可用性と医療従事者の態度を理由に挙げた例もあった。服薬中断は知識の欠如や弱い継続意志など患者側の内的要因のみならず、貧困や医療システムなど患者を取り巻く周囲の外的環境も影響しており、治療継続の動機づけと協力的な環境整備によって患者の服薬管理能力を伸ばしていくことが不可欠と討議された。<BR><B>結論</B><BR>ARTの継続に対して、薬剤管理体制や医療機器管理体制、人材の不足、さらには患者側には食糧不足、副作用と合併症、羞恥心、医療スタッフの態度などが障害要因となってART患者が治療を中断していることが判明した。脱落患者追跡システムの機能、服薬カウンセリングの継続提供、ARTセンターの小規模診療所への展開は今後のARTサービス向上の鍵となってくることが示唆された。
著者
江上 由里子 安川 孝志 廣田 光恵 村越 英治郎 垣本 和宏
出版者
日本国際保健医療学会
雑誌
国際保健医療 (ISSN:09176543)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.171-181, 2012-06-20 (Released:2012-07-18)
参考文献数
18

インドネシアは中央政府主導による保健医療制度の整備により健康水準の向上を図ってきたが、2001年以降の急速な地方分権化政策は、地方の保健医療制度やその機能に大きく影響を及ぼし、保健医療サービスにおいて地域間格差を広げた。リーマンショック後の経済成長率は2010年に6%を超えるなどインドネシア経済は好調であり、保健政策はより具現化し、保健指標も改善してきている。そこで本稿では、インドネシアの公衆衛生に深く関わった筆者らが最新の資料などを収集し、インドネシアの保健医療に関わる関係者に有用な資料として包括的にまとめた。保健指標保健指標は全体的に改善傾向にあるが特に母子保健指標はASEAN周辺国と比較してまだ悪い。感染症疾患も多く、まだ多くの顧みられない熱帯疾患(Neglected Tropical Disease, NTD)も発生している。鳥インフルエンザ(H5N1)人発生例の報告数は依然世界で発症例・死亡例とも最も多い。生活習慣病や喫煙など新たな課題もでている。保健医療制度インドネシアの保健医療制度の概観を述べた。地方政府の保健医療行政能力を向上し同時にコミュニティーの再活性化を図ることを重視しているほか、保健所を治療のみならず地域の予防およびアウトリーチ活動の中心と位置づけ、その運営支援を行っている。保健予算は増額しているがまだGDP比で2%に留まっている。医療施設も医療従事者数も増加しているが充足していない。国民皆保険を目標として貧困者向けのコミュニティー健康保険の適応を拡大し、無料診療を受ける人が増加している。保健政策保健省戦略計画2010-2014を保健政策の軸として、コミュニティーが自立して保健の向上に取り組むことおよび公平性を展望としている。結語疫学的かつ人口動態的な移行期にあるインドネシアは、感染症や妊産婦死亡・栄養問題といった発展途上国に典型的な保健問題とともに、成人病や事故など非感染症の増加という二重疾病負担になっている。また、国民皆健康・ユニバーサルヘルスカバレージを目標としている現在、保険制度の拡充とともにその制度に対応できるだけの保健医療サービスの拡充も求められ、将来を見据えた保健医療サービスの拡充や人材育成が望まれる。