著者
堀川 弘美
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

松下竜一の思想の軸の一つである刑罰に関わる市民運動、その思想に関する研究を行ってきた。刑罰に関わる草の根市民運動の活発な地、カリフォルニアで、受刑者、元受刑者、刑務所、刑罰に関する語りに注目し、刑罰概念を問い直す試みを続けてきた。カリフォルニアでは、圧倒的にこれらの話題に関する語りが多い。それは犯罪の多さ、日常的に犯罪と関わる可能性が圧倒的に日本に比べて多いため、テレビ、ラジオのニュースで刑務所、受刑者に関わる報道がない日はなく、人々の暮らしと密接に繋がっている、という理由が大きいのは事実である。この土地柄は、特に草の根市民運動に関わる人ではない人たちから、刑務所、受刑者に関する意識を聞く、という点において、情報収集しやすかったと言える。一方で、草の根市民運動に目を向けると、元受刑者の人たちが、刑務所のあり方の問題性を訴えながら、受刑者とつながり、立法運動に取り組んでいたり、刑務所の中での人種差別、性問題、貧困差別に取り組む人たちがいたり、刑務所の中と外、という壁を取払おう、と中と外を行き来し、サポートする人たちがいたり、数えきれない、また把握しきれないほどの数々の運動が繰り広げられている。その多くの活動家たちが口にしていることが、「修復的司法」というもので、それが、一見広く共有されているようで、しかし、まだまだごく一部の人にしか浸透していない思想であること、そして、この思想が、松下の唱えてきた思想と似通っていることが大きな発見であったと言える。松下は1980年代後半にして、この思想を語り始めていた。この犯罪の多い地で、繰り返される犯罪を少なくするために、必要なことは、今の刑罰システムではないことは、増え続け、悪化し続ける犯罪の実態、結果が示している。「修復的司法」に行き着いた大きな成果の得られた1年であったと同時、この思想をさらに深く探求する必要性を感じている。