著者
牟田 和恵 古久保 さくら 伊田 久美子 熱田 敬子 荒木 菜穂 北村 文 岡野 八代
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2014-04-01 (Released:2014-04-04)

・本研究課題の中心的目標の一つであった女性運動・研究の動画発信チュートリアルサイトを制作し、web上での公開に至った。 http://movie-tutorial.info/ これにより、ITやパソコンに疎い女性たちが、自らの手で簡易な機材と安価な手段で、容易に自分たちの活動や研究の成果を動画に撮影、簡単な編集を施してweb上で動画を発信し、より多くの人々に情報伝達することのできる可能性を提供した。なお、同サイトは、当初の研究計画では、ウィメンズアクションネットワーク(WAN)のサイト(https://wan.or.jp/)上に公開する予定で、WAN側の了解も得ていたのだが、研究費使用の公正性を確実に担保するため、自前独立のサーバーを用意し公開した。・「私のアソコには呼び名が無い」コロキウムを行った(12/19)。これは、アメリカのフェミニズム運動のVagina Monologue から始まり中国でVachina Monologue として発展した運動の中心人物であった柯倩テイ中山大学(広州)副教授をお招きし日本での展開の可能性を探ったものである。これにより、とくに若い世代のフェミニストの活動の支援を行うことができた。・中国海南島および山西省の日本軍戦時性暴力被害者の支援運動に関する調査を行うとともに、新たに発足した台湾「慰安婦」博物館(阿媽家・台北)の開館式に参加し現地活動家との交流を行った。これらにより、昨年度・一昨年度に続き、香港や中国のとりわけ慰安婦問題・性暴力に取り組む女性運動組織との連携をいっそう深めることができ、アジアの女性運動のネットワーキングが大いに達成された。
著者
松永 和浩
出版者
大阪大学
雑誌
待兼山論叢. 史学篇 (ISSN:03874818)
巻号頁・発行日
vol.41, pp.55-81, 2007-12-25
著者
平 雅行
出版者
大阪大学
雑誌
大阪大学大学院文学研究科紀要 (ISSN:13453548)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.41-151, 2000-03-15
著者
伊川 正人
出版者
大阪大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2014-04-01 (Released:2014-04-04)

エネルギー産生などに重要な細胞内小器官であるミトコンドリアには、細胞核と独立したゲノムDNAが含まれる。また、ミトコンドリアDNAに変異があると、様々な病態を引き起こすことが知られている。今回、我々は最新の標的遺伝子組換え技術であるCRISPR/CAS9システムを活用することで、ミトコンドリアDNA (mtDNA) の標的遺伝子組換え技術を開発することを試みた。ES細胞でのミトコンドリア遺伝子破壊を試みたが、残念ながら、標的遺伝子が破壊された細胞株を得ることができなかった。今後は、ES細胞を用いて処理数を増やすと同時に、ミトコンドリア移行効率を上げるなどの、戦略変更の必要があると結論した。
著者
永岡 崇
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006 (Released:2006-04-01)

アジア・太平洋戦争において、天理教の信徒たちが行ったひのきしんがもつ意義を、帝国日本というより大きな文脈に位置づけなおすため、1940年代前半の代表的ひのきしん論である諸井慶徳『ひのきしん叙説』と、帝国日本による「聖戦」の教義を端的に示すと思われ、天理教のひのきしん隊も多数参加した橿原神宮神域拡張事業において語られた言説との比較を試みた。天理教信徒にとって、「聖戦」の教義はひのきしんの教義と深いところで響きあっており、前者を後者に手繰り寄せる形で総力戦の遂行を主体的に担っていったと思われる。また、「聖戦」の教義がひのきしんのような宗教思想・信仰と親縁性を有し、それへの読み替えを通じて実践されたことを明らかにし、アジア・太平洋戦争の宗教戦争としての性格を改めて見直し、その宗教性の受け皿となった宗教教団や社会集団の思想・実践との比較を行うとともに、それらとの接触の様相を分析していく必要性を提起した。これまで遂行してきた作業によって、戦後の宗教教団にとって非本来的で否定的なものとしてのみとらえられがちであったアジア・太平洋戦争期の経験を、現代の教団、またその教義や信仰のあり方を構成する重要な要素として位置づけ、負の側面へと深化していく宗教性のありようを積極的にとらえる歴史-宗教学的考察の領域を切り開くことができた。
著者
米井 力也 平田 由美
出版者
大阪大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005 (Released:2005-04-01)

(1)本年度は、昨年度に引き続き、『紅の豚』『ハウルの動く城』等の宮崎駿監督作品における〈女性表象〉について、日本語版と英語吹替版を対照させながら考察した結果、英語吹替版では〈自立した強い女性〉として描かれる傾向が強いことが判明した。ここには日本語から英語への翻訳の問題だけではなく、二つの文化におけるジェンダー表象の差異が反映していることを認識する必要があるだろう。(2)また、『もののけ姫』をはじめとする日本の中世を舞台に描かれた作品をとりあげ、「〈侍〉の表象」というテーマで、時代劇アニメーションで用いられる日本語の特性を分析したうえで、映像翻訳を介する〈侍〉のイメージの受容の問題についても考察した。〈侍〉の表象をとりあげたのは、時代劇の言葉を〈役割語〉と捉え、〈侍〉とその周辺の諸階層が用いる日本語が実際にその時代に話されたものではなく、「時代劇」というジャンルで形成されたものとして再検討することが必要だろうと考えたからである。(3)『もののけ姫』以外には、源頼光の四天王の一人、坂田公時が女性主人公という設定である『怪童丸』を分析対象にとりあげた。近年の時代劇アニメーションのいくつかに登場する女性と同様、この坂田公時も『風の谷のナウシカ』のナウシカに通じる〈戦士〉の側面を持っているため、〈戦う女性ヒーロー〉の一例として〈女性表象〉の変遷のなかに位置づけることも可能である。
著者
荒瀬 尚
出版者
大阪大学
雑誌
新学術領域研究(研究領域提案型)
巻号頁・発行日
2013-04-01 (Released:2013-05-15)

MHCクラスII分子は様々な自己免疫疾患の感受性に最も強く関与している分子である。しかし、特定のMHCクラスII分子がどのように疾患感受性を決定するかは長年明らかになっていない。一方、我々は、細胞内のミスフォールド蛋白質を細胞外へ輸送する分子としてMHCクラスII分子を同定した。さらに解析を進めることによってクラスIIに提示されたミスフォールド蛋白質は、抗原特異的なB細胞を活性化する。そこで、関節リウマチや抗リン脂質抗体症候群等の自己免疫疾患で認められるいくつかの自己抗体を解析すると、それらは、MHCクラスII分子に提示されたミスフォールド蛋白質(抗体重鎖やβ2グライコプロテインI)に対して高い親和性を示すことが判明した(Jin et al. PNAS 2014, Tanimura et al. Blood 2015)。さらに、MHCクラスII分子に提示されたミスフォールド蛋白質に対する自己抗体の結合性は、MHCクラスII分子による関節リウマチ等の自己免疫疾患の感受性と高い相関を示すことが判明した(Jin et al. PNAS 2014)。これらのことから、細胞内のミスフォールド蛋白質がMHCクラスII分子によって、細胞外へ輸送されると、その複合体が異物として異常な免疫応答を誘導するのではないかという今までに考えられてきたのとは異なる新たな自己免疫疾患の発症機構が明らかになった。すなわち、MHCクラスII分子に提示されたミスフォールド蛋白質は、自己抗体の標的分子として、自己免疫疾患の発症に関わるという新たな自己免疫疾患の分子機序が明らかになった。
著者
永井 健治
出版者
大阪大学
雑誌
新学術領域研究(研究領域提案型)
巻号頁・発行日
2016-04-01 (Released:2016-04-26)

【5年間の成果を総括した書籍「少数性生物学」の出版】領域研究にて得た研究成果をまとめた書籍「少数性生物学」(日本評論社、2017/3/25発行、永井健治/冨樫祐一 編集)を出版した。書籍編集にあたっては、単に領域の顕著な成果を取りまとめた内容とするのではなく、「少数性生物学」という学問を俯瞰的にまとめたストーリー展開とするよう、計画班員を中心としたメンバーで、編集会議にて検討を重ね、18のテーマに絞込んだ内容とした。現在、日本国内にとどまらず、世界に向けて研究成果を発信すべく、英語版の書籍出版の編集作業を行っている。【研究成果発信】領域活動や研究成果をまとめた領域ニュースレター最終号を発行した。ニュースレターには、最終年度の研究成果報告、活動報告に加え、領域活動に係ったすべてのメンバーの領域へのことばを掲載し、総ページ数87ページにわたる、最終号にふさわしい内容となった。【企画研究会】領域運営期間中に領域活動として行っていた研究会の中で、特に発展性が高いと見込まれる研究会について、将来展望を探るための活動を行った。「少数性生物学デバイス研究会」を11月に開催し、今後も活動を継続することとなった。「少数性生物学データ検討会」、「産学アライアンス討論会」については、他の研究会と統合し、「先端的バイオ計測研究会」として継続することとなり、3月に研究会を開催した。【少数性生物学からの発展研究検討】本研究領域の研究対象が「観察・実験可能である」ことを示した成果を基盤として、今後も実験事実に基づいた「少数性生物学」の成果を世界に向けて発信し、分野の発展や定着に向けての努力の継続を行うため、計画班員を中心としたメンバーで複数回にわたって会議を開催した。その結果、少数の要素や小さな変化がいかにして大きな変化を生み出すかを探求する新たな新学術領域「シンギュラリティ生物学」を継続課題として申請することとなった。
著者
菊田 康平
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2017-04-26 (Released:2017-05-25)
著者
澤井万七美
出版者
大阪大学
巻号頁・発行日
1999

14401甲第07071号
著者
岸畑 豊
出版者
大阪大学
雑誌
大阪大學文學部紀要 (ISSN:04721373)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.151-332, 1968-10-30

Thomas Hobbes, who lived an eventful life in the turbulent days of the Puritan Revolution, is a problematic philosopher; indeed, he had much concern about social and political affairs of those days. The present paper, however, aims to study Hobbes solely as a ture philosopher, and the reason for this concentration is, simply, that an accurate appreciation of his thoughts as a whole necessarily presupposes a full understanding of his philosophical foundations. The present study is mainly concerned with two basic problems in his philosophy. Hobbes names all objects of his philosophy 'corpus' (body). I should like to pay attention to this fact. What is meant by 'body', which is the sole object of his whole philosophy?-this is the first problem, i.e. the first point to be brought under examination. And then, how is his philosophy of man and common-wealth to be interpreted, on the basis of the result of that examination? This is the second problem. By his definition, philosophy (that is to say, science in general) is nothing but the correct ratiocination of reason, advancing from the diverse phenomena (natural or social ) or effects, to their causes, i.e. the things, and vice versa. Whenever an event unfolds itself before us, it is supposed that there must have been some things which have given rise to it. His philosophy intends seek after its causes. However, 'body', which his philosophy seeks, is neither the thing in itself nor its phenomenon, but just a being, such that it is ratiocinated and supposed by reason, which analyses this phenomenon with the view to finding its causes according to its own logic; or a being known by the names of'suppositum' and 'subjectum'. Suppositum or subjectum may be considered as a certain being supposed by reason under a phenomenon and, at the same time, in substitution for the thing in itself, so as to comprehend and account for that phenomenon. This is the true object of his philosophy, and here is a key to solve the riddles in his notorious materialism. According to this nature of body, we come to realize, therefore, that by the word 'man' is menat a body, to which some human 'accidentia' (accidents) are ascribed, and by 'common-wealth', literally, a body politic. There are, however, some notable differences between man and other natural beings. Man necessarily lives under certain social conditions, it is true, but he may, on occasions, endeavour to erect a desirable society working togather with their fellows. Man, in this sense, may be considered as a person. Now, 'person' is, in its original sense, a mask worn by an actor on the stage, and, in its transferred meaning, an actor himself, who personates himself or others and acts according to his assigned principles. If left in a state of nature, men must personate themselves, and act like wolves killing one another, from which state men necessarily hope to flee. They ardently desire to have a peaceful common-wealth set up, where they are expected to act as virtuous citizens. A common-wealth is, in his opinion, an artificial man established by the people, and a sovereign also is an artificial person, who, as an actor, stands for the citizens. The main contents of his philosophy of man and common-wealth are, in my opinion, composed of great dramas, depicting a progress of human beings from the state of nature to a peaceful state. We may find the original archetype of these dramas in the grand epic 'Exodus' in the Holy Scriptures. His philosophy of man and common-wealth, therefore, should be regarded, I conclude, as a philosophical theory of this great human emancipation. There still remain two problems, concerning which there have been no established theories as yet. The state of nature is described by him as 'Bellum omnium contra omnes' (a war of every man against every man). What does this description mean ? This is the first problem. To this there have been given several answers, indeed, but very few that are satisfactory. He thereby intends, I believe, to point out the radical evil of man, that is to say, the Original Sin of modern people. In spite of our belief in the modern rationality of the human behaviours, we ought to learn here about the irrational activities of man in modern times. And Hobbes has usually been blamed for his theory of Absolutism. What is meant by the aboslute sovereignty? This is the second point that remains unsolved. It is, of course, unreasonable to think that he did try to defend the Kings of those days in any way. We should rather say that his strange theory of the absolute sovereignty must be explicated as a logical consequence of the irrational activities of man mentioned above. A man, who shudders at the monster 'Leviathan', is really tormented by his radical evil that exists in himself. We should find here, in this point, the radical irrationality and other difficulties inherent in the modern state. The conclusion of this study is, in a word, that Hobbes was a true philosopher who had a deep insight into man and his relations in modern times. If we are to discuss the basic problems in modern philosophy and ethics more or less fundamentally, then we should remember that his philosophy, as the origin of these disciplines, deserves our snecial attention and is well worth our serious studies and re-examinations.
著者
中島 裕夫 斎藤 直 本行 忠志
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008 (Released:2008-04-01)

チェルノブイリ原発事故以来、低レベル放射能汚染地域に生活するヒトへの遺伝的影響が懸念されている。ヒトへの影響研究の代替法として放射能汚染地のシミュレーション実験を行い、0、10、100Bq/mlの^<137>CsCl水を8カ月間給水し続ける低レベル放射能汚染環境下での内部、外部被曝マウスにおける腫瘍形成性とゲノムストレスへの影響を検討した。その結果、10、100Bq/ml各群で遺伝子切断頻度は有意に上昇したが、小核試験、ウレタン誘発による肺腫瘍発生頻度、増殖速度では、対照群との間に有意な差が認められなかった。
著者
大平 哲也 磯 博康 谷川 武 今野 弘規
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007 (Released:2007-04-01)

心理的因子と生活習慣、炎症、代謝異常、自律神経機能との関連を地域住民・職域にて検討した結果、身体活動が少ないこと、勤務時間が50時間以上/週であること、睡眠時間が6時間未満であることなどが3年後のうつ症状の出現と関連した。また、ストレスフルなライフイベント、怒り、慢性疲労、将来の希望の欠如などの心理的因子は炎症、代謝異常、自律神経機能と関連した。したがって、心理的因子は炎症・代謝異常・自律神経機能を介して循環器疾患のリスクの上昇と関連することが示唆された。
著者
小林 卓也
出版者
大阪大学
雑誌
研究活動スタート支援
巻号頁・発行日
2016-08-26 (Released:2016-09-02)

本研究はフランスの哲学者ジル・ドゥルーズの哲学を独自の自然哲学として提示することを目的としている。この目的を達成するべく、本年度はまず、ドゥルーズ哲学を三つの時期に分類し、その思想的変遷を分析することで、そこからドゥルーズの自然哲学の中心的特徴を取り出すことを試みた。すなわち、ドゥルーズ哲学において自然という主題は、1.『差異と反復』(1968)に代表されるカントの人間主義批判、2.精神分析家フェリックス・ガタリとの共著『千のプラトー』(1980)における自然科学の援用、3.晩年の著作である『哲学とは何か』(1991)における自然という主題の哲学への導入、という三つの時代区分を経て徐々に前景化される。とりわけ、本研究では、『千のプラトー』で援用される地質学の議論を分析し、①「地層」概念があらゆる経験を成立させる超越論的原理として提示されていること、②そこでの人間主体は、独立した認識主体ではなく、地層の運動の一部に組み込まれていること、③地質学の議論は、いかなる人間的特権性も含まない自然内部に諸概念の自律的運動性を見出す「非人間主義」(inhumanisme)であることを明らかにした。これにより、『千のプラトー』の地質学の援用は、超越論的原理(カテゴリー)の探求という『差異と反復』以来の哲学的企図に応えるものであるとともに、そこにおける地層化の議論に見出される自然内部における構成の問題は、『哲学とは何か』において哲学という固有の領域を確保し、哲学史を解体するとともに、哲学的思考に固有の時間性をもたらす「内在平面」の概念化を促すようドゥルーズ哲学を導いたと考えられる。これらの議論から、本研究は、カントの超越論哲学における人間主義批判、非人間主義的な超越論的原理の探求、自然内部における構成の問題がドゥルーズの自然哲学を構成する中心的特徴として理解されるべきであることを確認した。