- 著者
-
夏堀 晃世
- 出版者
- 日本神経回路学会
- 雑誌
- 日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
- 巻号頁・発行日
- vol.28, no.2, pp.87-92, 2021-06-05 (Released:2021-07-05)
- 参考文献数
- 40
エネルギーの恒常性維持(ホメオスタシス)は,細胞の生命活動を維持する上で極めて重要である.脳においては,特定の神経活動に伴う局所血流増加がNeurometabolic couplingとしてエネルギー恒常性維持の一端を担うと考えられ,それにより生理的条件下で,神経の細胞内エネルギーは常に一定に保たれると予想されてきた.しかしこれまで,生体脳においてエネルギー恒常性維持が達成されていることを検証した報告は無かった.そこで筆者らは,細胞共通のエネルギー通貨として利用されるアデノシン三リン酸(ATP)の神経細胞内濃度の生体計測により,脳のエネルギー恒常性維持の生体検証を行った.その結果,大脳皮質の興奮性神経の細胞内ATP濃度は,動物の睡眠―覚醒に伴い皮質全体でシンクロして変動し,動物の覚醒時に増加することを見出した.この結果は動物の覚醒時,神経活動増加に伴うエネルギー需要増加をさらに上回るエネルギー合成活動が,皮質全域で同時に迅速かつ持続的に行われることを示唆している.このことから,動物の覚醒時に皮質全域の神経細胞内ATP濃度を一気に増加させる,全脳レベルのエネルギー代謝調節機構の存在を初めて予想できた.動物の睡眠覚醒に伴い,脳の広域で一貫した神経細胞内ATP変動を引き起こすエネルギー代謝調節機構の実体として,筆者らは,ノルアドレナリン神経をはじめとする覚醒中枢神経の関与を予想している.これらの汎性投射神経が広範な投射先で伝達物質を拡散放出し,グリア細胞の一種であるアストロサイトへ作用して局所血流調節と神経への乳酸供給という2種類の代謝調節活動を制御することで,広範な脳領域で一貫した神経細胞内ATP濃度最適化に寄与している可能性があると考え,現在研究を進めている.