著者
渡辺 澄夫
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.14, no.3, pp.218-225, 2007-09-05 (Released:2008-11-21)
参考文献数
7
被引用文献数
2 2

本稿では, 人工知能や情報工学などの物理学とは直接に関係していない分野の研究者や技術者のために, 平衡統計力学の入門的な紹介を行う. その中でも特に大切な概念のひとつである無限次元空間上の確率分布の基礎的な性質について, 物理学の知識・自然への関心・数学的な感受性などを仮定せずに説明を行う.
著者
渡辺 澄夫
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.10, no.4, pp.211-219, 2003-12-05 (Released:2011-03-14)
参考文献数
41
被引用文献数
1 1

人工的神経回路網に代表される多くの確率的推論モデルは, フィッシャー情報行列が特異となるパラメータを持つため, 統計的正則モデルではないことが知られている. 現在でも, その学習の数学的な性質の多くは謎のままであるが, 近年の研究の進展により, ベイズ学習については多くの事実が解明されるようになってきた. 本論では, 特異モデルにおけるベイズ学習について, 数学的な美しさと実世界問題における有用性を解説する.
著者
加藤 郁佳 下村 寛治 森田 賢治
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.29, no.2, pp.52-64, 2022-06-05 (Released:2022-07-05)
参考文献数
49
被引用文献数
1

本稿では,強化学習を用いた依存症の計算論的精神医学研究について紹介を行う.依存症は,物質の摂取や高揚感を伴う行為などを繰り返し行った結果,それらの刺激を求める耐えがたい欲求や,得られないことによる不快な精神的・身体的症状を生じ,様々な損害を引き起こしてもやめられない状態に陥る重大な精神疾患である.この疾患の理解と治療法開発のために,臨床研究による病態の解明やマウスなどを用いたモデル動物によるメカニズムの解明が進められているが,本稿ではそれらの知見を元にして数理モデルを構築する研究アプローチを取り上げる.まずは導入として筆頭著者らが開発した計算論的精神医学研究データベースの使用例を示しつつ,主眼である依存症研究においてどのような数理モデルが多く用いられてきたのかについて分析する.その後,最もよく研究されている強化学習を用いた依存症の行動的特徴に関する具体的な研究の流れを紹介する.最後に,筆者らが最近提案した,非物質への依存(ギャンブル・ゲームなど)にも適用可能な計算論モデルの一例として,successor representation(SR)と呼ばれる状態表現を用いた依存症の計算論モデルを紹介する.今回紹介する研究は強化学習過程における状態表現に着目しており,不十分な状態表現を用いることで適応的でない報酬獲得行動につながるという観点を提示し,物質/非物質に共通する依存のメカニズムの解明などに寄与することが期待される.
著者
吉田 正俊 田口 茂
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.25, no.3, pp.53-70, 2018-09-05 (Released:2018-10-31)
参考文献数
53
被引用文献数
6 2

フリストンの自由エネルギー原理では,外界に関する生成モデルと現在の認識から計算される変分自由エネルギーを最小化するために,1) 脳状態を変えることによって正しい認識に至る過程(perceptual inference)と2) 行動によって感覚入力を変えることによって曖昧さの低い認識に至る過程(active inference)の二つを組み合わせていると考える.本解説の前半では自由エネルギー原理について,我々が視線を移動させながら視覚像を構築してゆく過程を例にとって,簡単な説明を試みた.本解説の後半では,このようにして理解した自由エネルギー原理を元にして「自由エネルギー原理と現象学に基づいた意識理論」を提唱した.この理論において,意識とは自由エネルギー原理における推測と生成モデルとを照合するプロセスそのものであり,イマココでの外界についての推測と非明示的な前提条件の集合である生成モデルとが一体になって意識を作り上げている.この考えはフッサール現象学における意識の構造についての知見と整合的である.
著者
神谷 俊輔 大泉 匡史
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.30, no.2, pp.73-83, 2023-06-05 (Released:2023-07-05)
参考文献数
27

脳はその状態を柔軟に変化させることで様々な機能を果たす.この意味で脳は自らの状態を望みの状態に制御する制御システムとみなすことができる.脳を制御システムとして数理的に解析する上で問題となるのが,脳の高次元性であり,適切に次元を削減したモデルを考えることが肝要となる.高次元ダイナミクスの次元削減法として近年急速に注目を集めている方法の一つに,動的モード分解(Dynamic Mode Decomposition: DMD)と呼ばれる手法がある.この方法は,高次元時系列データから,その時空間的振る舞いのモードを取り出す方法であり,制御システムへの応用も可能である.本稿ではDMDと関連する話題を簡単に紹介した後,DMDを制御システムに応用したDMD with control(DMDc)について触れ,最後に神経科学におけるDMDの活用についてレビューする.
著者
磯村 拓哉
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.25, no.3, pp.71-85, 2018-09-05 (Released:2018-10-31)
参考文献数
69
被引用文献数
4

本稿はFristonの自由エネルギー原理(free-energy principle)をわかりやすく解説することを目的とする.まず自由エネルギー原理を導入する理念や妥当性を簡潔に述べる.次に,自由エネルギー原理により説明可能な事象として,基本となる知覚および行動について述べる.簡単に言うと,自由エネルギー原理とは生物が従うとされる法則であり「生物は感覚入力の予測しにくさを最小化するように内部モデルおよび行動を最適化し続けている」と定めている.この原理から外界の認識のモデルとして,予測符号化(predictive coding)と呼ばれる情報表現形式が導出され,「推論・学習とは,予測誤差を最小化するように神経活動・シナプス結合を更新することである」と説明できる.また,行動の生成についても同一の原理から導出可能であり,「行動は,周囲の環境を予測しやすい状態に変化させ自分の好みの入力を得るために起きる」と説明できる.これは能動的推論(active inference)と呼ばれている.最後に,外界の推論の拡張である,他者の思考の推論について議論する.
著者
鮫島 和行
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.23-37, 2018-06-05 (Released:2019-02-07)
参考文献数
17

2018年5月8日.山岸俊男先生が逝去された.3年前の2015年,山岸先生に無理を言って,神経科学の理論と実験の統合を目指す若手研究者のために講義をして欲しいと,当時玉川大学の先生のお部屋でお願いをした.山岸先生にはASCONE最終日に3時間以上にわたって講義をしていただいた.この解説記事は,先生のご研究やお考えを少しでも広く,長く伝えるために,私が書き起こしたASCONE講義録である.全て話し言葉でされた講義のため,一部勝手ながら私の解釈で要約した部分があり,不正確なところも見受けられるかもしれないが,ご容赦いただきたい.下記は山岸先生からASCONEの講義概要としていただいた要約である.『社会科学では古くから,社会秩序の説明に2つの原理が用いられてきた.ひとつは制度による説明であり,もうひとつは規範の内面化による説明である.ヒトの向社会性の説明原理を向社会的選好の進化基盤に求める現在の行動経済学の理論展開は,規範の内面化のアイディアを,内面化を促進する心的メカニズムの進化によって補強する動きとして捉えることができる.こうした近年の研究の中で軽視されてきたのは,社会科学の根本問題である制度構築の観点であり,社会的選好と制度との共進化(社会的ニッチ構築)の観点である.本講義では,(規範の内面化が完璧になされている)イワンの馬鹿を基盤とする社会秩序から,合理的なホモエコノミカスを基盤とする社会秩序への移行が可能かどうかを考えるために,私たちは何を研究すべきかについて,出席者の皆さんと一緒に議論したい.』
著者
島崎 秀昭
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.72-98, 2019-09-05 (Released:2019-10-31)
参考文献数
94
被引用文献数
1

本稿は生物の学習と認識をベイズ統計学と熱力学の立場から解説する.脳は学習により獲得した外界のモデルをもとに推論を行う器官であると考えるのが脳のベイズ的な見方である.本稿の前半はこの見方が自発活動と刺激誘起活動をめぐる実験事実からいかにして形成されてきたかを解説し,ベイズ推論に基づく外界の認識が実現されていることを示唆する神経活動として図地分離・注意等の実験例を紹介する.後者の実験では順方向結合による初期刺激応答に対してリカレント回路による入力が時間遅れで統合されていることが示唆され,初期刺激応答後の神経活動に気づき・注意・報酬価値が表されると報告している.後半では神経細胞集団の刺激応答のダイナミクスを生成モデルを用いて再現した上で,学習と認識を神経活動のエントロピーに関する法則を用いて記述する熱力学的手法について解説する.特に時間遅れを伴う動的な情報統合によってベイズ推論を実現する神経ダイナミクスが情報論的なエンジンを構成することを紹介する(ニューラルエンジン).これにより内発的な刺激変調を定量化し,その効率を計算できることを解説する.
著者
乾 敏郎
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.25, no.3, pp.123-134, 2018-09-05 (Released:2018-10-31)
参考文献数
49
被引用文献数
5 1

本論文では,Fristonの自由エネルギー原理によって多くの脳機能を統一的に説明できることを示した.自由エネルギー原理は純粋視覚(pure vision)を説明するために生まれたものであった.すなわちHelmholtzの無意識的推論が,網膜像から近似事後確率を推定する過程であるとする従来の枠組みに近いものであった.しかし,自由エネルギーの最小化にはもう一つの方法がある.それが能動的推論である.このアイデアによって,自由エネルギー原理が運動制御に適用され新たな制御理論が生まれた.さらに感情や意思決定(行動決定)も同じ原理で説明される.ここでは上記の両推論過程がともに働いて目的が達成される.感情では内受容感覚とアロスタシスにそれぞれ対応し,意思決定では,外在的価値と内在的価値に基づく行動に対応する.また精度(precision)という概念の重要性を強調し,精神医学や認知発達との関連についても議論した.
著者
島崎 秀昭
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.25, no.3, pp.86-103, 2018-09-05 (Released:2018-10-31)
参考文献数
78
被引用文献数
4

本稿は生物の認識と行動の環境への適応に関する理論の解説を行う.始めに環境の階層モデルに対する近似推論法を紹介し,サプライズ最小化の原理から生物の認識及び行動の説明を試みるFristonらの自由エネルギー原理を機械学習の立場から概観する.次に階層モデルによるアプローチを情報理論の観点から考察し,情報量最大化原理に基づく古典的な知覚の理論や非線形信号処理との関係を解説する.最後に認識のモデルに対する熱力学的な取り扱いを紹介し,学習過程のエントロピー・自由エネルギーのダイナミクスを考察して熱力学法則との形式的関係を明らかにする.このようにして生物がその非線形な演算装置を適応させて外界の表現を獲得し,身体を使い認識に沿うように外界を改変していく過程が複数の視点から明らかになる.
著者
丸山 隆一
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.4-11, 2020-03-05 (Released:2020-05-07)
参考文献数
14

脳のなかにある860億個のニューロンは,いったいどのように私たちの感情,思考,そして「脳を理解したい」という気持ちを生み出しているのだろうか.そもそも脳を理解するとはどういうことなのだろうか.脳の理解を目指す研究者たちは,「脳の理解」をどのように捉え,いかなるアプローチを試みているのだろうか.筆者は非研究者であり,脳研究の「勉強」と「支援」という側面から,「脳の理解」に関心を寄せてきた一人である.そんな外野の立場から,「脳の理解」をめぐる現況の簡易な見取り図を描いてみたい.
著者
赤穂 昭太郎
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.62-72, 2013-06-05 (Released:2013-07-31)
参考文献数
37
被引用文献数
2

一つの側面だけから見ているのではわからないことも,他の側面から見てみると本質が見えるということがある.本稿では,同じ対象に対して複数種類の観測結果が得られる際にそれらに共通して含まれる情報を抽出する正準相関分析という手法について解説する.その基本的な仕組みやカーネル法を用いた発展,実際に使う上での注意点やさまざまな応用分野についても触れる.
著者
杉山 将
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.13, no.3, pp.111-118, 2006-09-05 (Released:2011-03-28)
参考文献数
44
被引用文献数
4 4

これまで,教師付き学習は訓練用の標本がテスト時に用いる標本と同じ規則に従って生成されるという大前提のもとで研究されてきた.しかし,現実的な場面ではこの前提が成り立たないことも多く,そのような場合は従来の教師付き学習法では良い学習結果が得られない.このような背景のもと,共変量シフトと呼ばれる状況下での学習法が近年盛んに研究されている.共変量シフトとは,与えられた入力に対する出力の生成規則は訓練時とテスト時で変わらないが,入力(共変量)の分布が訓練時とテスト時で異なるという状況である.本稿では,共変量シフト下での教師付き学習の最近の研究成果を概説する.
著者
大羽 成征
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.25, no.3, pp.113-122, 2018-09-05 (Released:2018-10-31)
参考文献数
18
被引用文献数
4

自由エネルギー原理(FEP)および能動推論(AIF)は,動物の脳が環境を知覚し認識しこれに基づいて行動を起こす過程の情報処理機構全般を対象とした説明原理であり,脳の神経計算機構のモデルであるのみならず,動物やヒトを取り巻く実環境タスクに向き合う人工知能設計のためにも示唆するところが大きい.本論では,FEPおよびAIFが依って立つ基盤である変分推論および確率的推論としての制御について,それぞれその基礎を確認することによってFEPおよびAIFの意義を浮かび上がらせることを試みる.