著者
大崎 果歩
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2018-04-25

本年度は前年度に引き続き、『杜翁手澤聖書』と呼ばれる、トルストイ自身による赤線や青線、取り消し線の書き込みがみられるロシア語福音書に関する分析を行った。1880年代初頭に書かれた『四福音書の統合と翻訳』と、1896年に刷られたロシア語福音書への書き込みの間には十数年の時間のずれがあり、その間にどの程度トルストイの聖書観に変化がみられるかという問題については引き続き調査が必要であるものの、トルストイ自身の書き込みと、『四福音書の統合と翻訳』で示された彼の聖書読解を照らし合わせることによって、彼が行った書き込みの背後にある、かなりの程度統一された基準とその根拠を明らかにすることができた。また本年度は、コロナウイルス感染拡大によりモスクワや東京の研究施設へのアクセスが制限され、資料収集や研究上の交流が困難な状況に陥ったが、それまでに収集した資料をもとに先行研究を読み込み、またトルストイのキリスト教観に対してロシア正教会の高位聖職者が示した反応の整理も行った。加えて、神学博士で、ロシア正教会渉外局長の座についているイラリオン(アルフェエフ)府主教が著した『カテヒジス――正教信仰への案内』という、正教の神学や奉神礼、教会暦、聖人、イコン、教会建築等の基礎がわかりやすく解説されたロシア語書籍の共訳を行った。現在は出版にむけて校正を行っている最中である。研究成果に関しては年度内の公開が間に合わなかったが、新型コロナウイルス感染症の影響による半年の採用延長が認められたため、来年度前期に英語口頭発表と日本語論文発表を予定している。