著者
大形 久典
出版者
広島大学
雑誌
広島大学マネジメント研究 (ISSN:13464086)
巻号頁・発行日
vol.2, 2002-03-20

コミュニケーションは日常生活や社会生活に於いて最も大切である。個人間, 文化間, 国家間のコミュニケーションにおいて紛争や戦争にいたる葛藤が導かれる。コミュニケーションの歴史は人間の歴史と同じように古いにも関わらず, それが何であり, 意味, 意義が何であるかの研究は, その端緒についたばかりである。人間と最も近縁なチンパンジーのコミュニケーションを研究することで, 人間のコミュニケーションについて探求することが本論文のテーマである。コミュニケーション活動は, 約500万年まえの人類の誕生ときすでに始まっていたであろう。約4万年前に, 人類は非(前)言語的コミュニケーションから話し言葉を発展させた。時代の進展にともなって, コミュニケーション媒体が高度化したために, 人のコミュニケーションがそれだけ複雑化し, 人間組織や社会を複雑化していった。言葉を使わずに行われる非(前)言語的コミュニケーションは, チンパンジーや人間にもまったく同様に存在する。チンパンジーのコミュニケーションから, 人間行動に欠けているものを見つけることができる。チンパンジーは, 生物学的, 認識能力的, 行動学的に人間にもっとも近い。感情的, 理知的な面でも類似している。チンパンジーは高度に進化したコミュニケーション行動をすることはないが, 高度な身ぶりを使うことによってコミュニケートする。かれらのコミュニケーション行動のうちで, 「攻撃」と「仲直り」という行動を見ることによって, 人間コミュニケーション行動から生じる葛藤・紛争の原因・理解と, その解決策への示唆を得ることを目指す。チンパンジーの社会では, 順位はとても重要である。テリトリをめぐって最悪の場合殺し合う。かれらのコミュニケーションの中味は, 攻撃, 優位, 服従のパターンが中心で, また政治的な駆け引きに肉体的, 精神的エネルギーを費やす。人間の攻撃性も生物学的にはチンパンジーと多く類似している。チンパンジーも持っているライバル闘争, テリトリ, 子孫の防衛, 順位制などが, 人間の攻撃や戦争の動機・要因となる。人間やチンパンジーは抑制機能が備わっていないから同じ種族でありながら殺しあいをくり返す。人間がチンパンジーと異なるものに言葉や武器の発達などがあり, 人類滅亡の危機をももたらしうる。霊長類のなかでチンパンジーと人間はもっとも攻撃的であるが, チンパンジーは攻撃性を回避するための強力なメカニズム仲直り行動(攻撃の儀式化, 服従, 逃走などの非言語コミュニケーション)など, 非言語的コミュニケーションを巧みに使って対処法を発達させてきた。人間は音声言語, 文字言語などのおかげで高度な文明を築き, 動物と区別してきた。しかし人間は言語に依存してきたために, 非言語的コミュニケーションが退化して, チンパンジーが全身で感じて行なうコミュニケーションが十分にできなくなっている。人間は現在のところもっとも進化させた言語的コミュニケーションができるのであるが, しかし言語をもった人間の知性は, 大量殺人兵器を発達させ, 攻撃性に満ちたストレスの多い社会を発展させてきた。コミュニケーションのゆえに生じてくる諸問題(誤解, 葛藤, 戦争)を解決するには, 言語的なコミュニケーションに欠落した部分(言語ゆえに生じる複雑性, 内容が変容して伝わること, 抽象的言語からくる象徴と現実の混同)を, 本来持っているはずの非言語的な部分を取り戻し, それで欠落部分を支えて達成できるのではないだろうか。そのために類人猿の非言語コミュニケーションに観察される「合理性」から学ぶことは多いのである。