著者
大沼 美雄
出版者
日本時間学会
雑誌
時間学研究 (ISSN:18820093)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.79-95, 2021 (Released:2022-07-01)

中国にも日本にもいわゆる年中行事の類がまとめて記述された古文献が数多く伝わっている。例えば,中国に伝わったものを挙げれば『詩経』七月・『礼記』月令・『大戴礼記』夏小正・『四民月令』・『逸周書』時訓解・『同』月令解・『荊楚歳時記』・『管子』四時・『呂氏春秋』十二紀・『淮南子』時則訓・『三才図会』時令など,日本に伝わったものを挙げれば『本朝月令』・『両朝時令』・『日本歳時記』・『東都歳事記』・『九条年中行事』などと枚挙に遑が無いが,これらによれば1年のうちの何月に或いはもっと具体的にその何日に何が行われていたかを知ることができる。ただ,あくまでも1年間の行事を月ごとに又は月日ごとに記述したものであり,1日のうちに行われることを時刻ごとに記述したものではないので,1日のうちのいつ頃に何が行われていたかは殆ど知ることができない。1日のうちのいつ頃に人々がどのような行動を取っていたかについては殆ど知ることができないのである。実は下野国(現栃木県)の旧黒羽城の「時鐘銘」の中の近世中期に撰文された箇所には昼間のみに限定されてはいるが士民の行動を各時刻ごとに記述した部分がある。また,近世後期に成立した黒羽藩政史料『創垂可継』には藩士たちが取るべき行動を具体的な時刻を交えて記述した部分などがある。それで本研究では,旧黒羽城の「時鐘銘」の中の士民の昼間の行動を各時刻ごとに記述した部分を取り上げ,それを専門的な漢学(中国学)の手法や『創垂可継』の中に見える藩士が取るべき行動を具体的な時刻を交えて記述してある部分,また時刻の異名(十二時異名)の中でも特にその時刻に取られる人間の行動を語源とするものなどを用いて解読し,近世中後半期の黒羽藩の士民が昼間の各時刻ごとにどのような行動を取っていたかを明らかにしたものである。
著者
大沼 美雄
出版者
日本時間学会
雑誌
時間学研究 (ISSN:18820093)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.65-78, 2020 (Released:2021-06-14)

仏教寺院にある寺鐘の大半は、元々寺鐘としてすなわち寺院内の鐘楼や鐘撞堂といった所に設置される鐘として鋳造されたものであるが、中には藩などが時を報せる時鐘として鋳造したものであったのだが、藩などの消滅などを経て寺院に移され寺鐘になったものもある。そのため、寺鐘の中でも元々は時鐘であったものの中にはその鐘銘の中に時間に関連した記述がよく見受けられるようである。ただ、鐘銘はその殆どが漢文体で綴られているということもあり、本格的に解読されたものは殆ど無い。ましてや時間に関連した記述がある鐘銘が紹介され、その中に見えるそういった記述が研究の対象にされたという例は従来は殆ど無かったと言ってよい。それで本研究では、元々は時鐘であったが後に寺鐘になったものの一例として「旧黒羽城の時鐘(現栃木県那珂川町常円寺の寺鐘)」を取り上げ、先ず最初にそれに刻まれた鐘銘の全文を原文・読み下し文・口語訳の3体で紹介し、時間に関連したどのような記述があるのかを明らかにした。また、その鐘銘の研究の手始めとしてその撰文者、特にその前半部の撰文者のこと、特に荻生徂徠(1666~1728)に関係していた人物であったこと、また黒羽藩の出身者の中には他にも徂徠の高弟が2人いたことを明らかにし、当時の黒羽に徂徠の学説の影響があった可能性を指摘したものである。