著者
岡崎 善弘 井邑 智哉 高村 真広 徳永 智子
出版者
日本時間学会
雑誌
時間学研究 (ISSN:18820093)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.1-7, 2018 (Released:2019-05-01)

夏休みの宿題は短期間で終えることができないため,児童は夏休み前に取り組み方を計画する。本研究は,小学生 (小学4年生~6年生) を対象として,計画した通りに宿題に取り組むことができたのか調査した。宿題に取り組む計画を事前に調査し,長期休暇が明けた後に実際の取り組み方を調べた結果,長期休暇の前半で宿題を終える計画 (前半集中型) は破綻している割合が他の計画タイプよりも高かった。さらに,宿題の取り組み方と夏休み明けのストレスの関連を調べた結果,夏休みの後半から宿題に取り組んだ児童は他の児童よりストレスは高いことが示唆された。
著者
一川 誠
出版者
日本時間学会
雑誌
時間学研究 (ISSN:18820093)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.31-46, 2016 (Released:2017-05-01)

時間に関する知覚過程は、一義的な解のない不良設定問題を解決する過程とみなすことができる。すなわち、時間知覚は、時間進行のペースや事象間の間隔についての確かな情報がないのに、0次元もしくは0.5次元的に得られる諸事象についての知覚情報を一次元的な進行する時間軸上に位置付ける過程と見なすことができる。普段の時間知覚において、何らかの巧妙な方略を用いることによって知覚系はこの不良設定問題に一応の解を与えていると考えられる。本研究では、知覚系がこの不良設定問題解決に用いている方略を理解するために、時間に関する錯視、錯覚の特性を整理した。その上で、進行する時間軸上への諸事象の位置付けという不良設定問題解決のため、知覚系が、処理促進による遅延の短縮や、顕著な情報による引き込み的処理などの方略を用いていることを示した。
著者
山城 大地 兵藤 宗吉
出版者
日本時間学会
雑誌
時間学研究 (ISSN:18820093)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.19-32, 2017 (Released:2018-08-01)

我々は目に見えない抽象的な概念である時間の順序をどのようにして捉えているのだろうか。多くの先行研究から,過去―未来や,時間的前―時間的後のような時間順序の概念は空間と深く関わっていることが指摘されている。特に水平左右空間との関わりについては多くの研究からその結びつきが検討されてきており,左から右への書字方向を持つ文化圏においては左―時間的前,右―時間的後の関連を有し,右から左への書字方向を持つ文化圏ではその逆の関連を有していることがジェスチャー表現,反応時間を指標とした心理学実験などで示されてきた。本研究では,複数の書字方向を日常的に使用している日本語話者が,初めて学習した一連の画像刺激の呈示順序を水平左右空間とどのようにして関連付けているのかについて,反応時間を指標とした心理学実験をもとに検討した。その結果,多くの左から右への書字方向文化圏と同様,左―時間的前,右―時間的後の関連パターンが認められた。しかしながら,そのパターンは先行研究と比べると部分的なものであり,使用する書字の文化差による検索方略の違いが関わっている可能性が示唆された。
著者
仁平 千香子
出版者
日本時間学会
雑誌
時間学研究 (ISSN:18820093)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.9-22, 2018 (Released:2019-05-01)

現代において「豊かな生活」というのは「忙しい生活」を意味することが多い。忙しいことは、労働による収入をもとに、消費活動を通して余暇を楽しむ生活への近道とされるからである。そのような忙しい生活が当然のように正当化される時代に、忙しい主人公を描かないことで有名な村上春樹がなぜこれほど世界的人気を博したのかを考えるのが本稿の目的である。忙しさが当然となった社会の成り立ちを振り返ることで、主人公「僕」たちの時間の過ごし方の特異性が浮き彫りになり、またそこから村上の資本主義社会への視座が伺える。
著者
野村 直樹 橋元 淳一郎 明石 真
出版者
日本時間学会
雑誌
時間学研究 (ISSN:18820093)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.37-50, 2015

本稿は、時間を存在するもの、すでにあるものとしてではなく、むしろ作られていくもの、つまり、区切り、記述として見ていくことで、どのようにわれわれの時間概念が書き換わるかを説明しようとする。すべての時間が何らかの区切り(punctuation)をもとにするところから、区切るという行為やリズムから時間論を組み立てていく。区切る、リズムを刻む、記すという行為をとおして世界を秩序立てていくという意味で「物語としての時間」という呼び方をする。人間世界、生物の世界のみならず、物理的世界(例、振り子の同期)にも共通してある同期という現象に焦点を当てることで、新たな時間が立ち現れることを、マクタガートの時間論をベースに理論化していく。この時間世界を拡張していく主役は、E系列と呼ばれる時間であり、詩人やアーティスト、宗教家の直観として古来より語られてきたものではあるが、これを科学の枠組みの中に位置づけようとするのが本稿の目的である。相互作用し、同期するものが作る「生きた時間」という視点がもたらす広がりを説明したい。
著者
杉原 学
出版者
日本時間学会
雑誌
時間学研究 (ISSN:18820093)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.61-71, 2013 (Released:2017-02-28)

明治以降の近代化とともに、かつて人々が生きた「共有された時間」は「個人の時間」へと置き換えられていった。このことは、人々の時間意識を「未来への関心」へと導いた。現代において、その影響は「未来への不安」として表れている。そこで本稿では、「人間の個人化」と「未来への不安」の関係性から、「現在を生きられなくなった人間」の問題を浮き彫りにする。内閣府の調査によると、およそ70%もの日本人が悩みや不安を抱えて生活しているという。このことは、コミュニティを失った個人が、自己責任において生きて行くことのストレスを表している。このストレスが、未来への不安を増幅させている。こうした傾向は若者の間にも顕著に表れており、自殺の増加にも関係していると考えられる。都市の若者を対象とした調査によると、彼らの多くが将来への不安を抱えているという。そのことが、現在を単なる「貨幣の獲得の手段」に貶めているという現実がある。ここに「疎外」の構造が存在している。もちろんこの構造は若者に限ったものではないことは言うまでもない。これらの論考から、「未来による現在の支配」から抜け出すための方法と、その可能性を模索したい。