著者
大矢 俊明
出版者
筑波大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

本奨励研究では,ドイツ語における能格構文(1a,b),中間構文(2),結果構文(3),非人称構文(4)の考察を通じ,ドイツ語では外界をどのように切りとって統語構造にとりいれているのか,具体的には外項ないし内項の選択の根底に潜む認知意味論的原理を明らかにしようと試みた.(1)a.Die Tur offnet sich.ドアが開く b.Das Eis schmilzt.氷がとける(2)Zur Front marschiert es sich noch schwieriger.前線に進軍する方がより困難である(3)Es schneit das Auto zu.雪が降って車が埋まる(4)Das Auto schneit zu.雪が雪に埋まるまず,自発的事態をあらわす(1)であるが,a.では再帰代名詞が用いられているのに,b.では自動詞が用いられている.この相違は事態が外部からのエネルギー(=動作主)がなくても生起可能であるかという点から捉えることができる.すなわち,氷は自然にとけていくことは容易に想定できるが,ドアは放っておいても開くとは考えにくい.すると,ドイツ語では「開ける」という他動詞が基本にあり,「開く」という自発的事態の表現に生起する再帰代名詞は,その主語である動作主の代わりとして具現していると想定できる.また,(2)で用いられている移動様態動詞には方向規定詞が付加されており,このような動詞は(1)と同様に非対格性を有すると指摘されることがある.しかし,一般に非対格動詞からは中間構文を形成することはできず,ドイツ語では移動様態動詞は非能格動詞であると考えられる.この根底には,事態を統御することができる実体は常に外項として,また事態に否応なく巻き込まれてしまう実体は内項として投射されるという規則があると仮定できる.そのため,(3)のような非人称動詞の主語は真の外項としての条件を満たさず,(4)のように非対格動詞に期待される結果構文の形成が可能になると考えられる.