- 著者
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大薮 みゆき
山田 麻和
松尾 理恵
友利 幸之介
田平 隆行
- 出版者
- 九州理学療法士・作業療法士合同学会
- 雑誌
- 九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
- 巻号頁・発行日
- vol.2004, pp.122, 2004
【はじめに】<BR> 4年前に線条体黒質変性症の診断を受けた本症例は、身体機能の低下に伴いADLはほぼ全介助である。今回4度目の入院において、症例は「どうしても自分でトイレが出来るようになりたい」と希望している。ここに症例の到達目標とセラピストの予後予測にずれを感じた。近年、カナダ作業遂行モデル(以下、CMOP)に基づいたクライエント中心の作業療法が実践されている。そこで、今回CMOPの理論と作業遂行プロセスモデル(以下、OPPM)に基づき、症例が望む作業について症例と共に考案したので報告する。<br>【症例】<BR> S氏、84歳、女性。診断名は線条体黒質変性症。夫、次女、次女の夫、孫との5人家族で、主介護者は夫である。介護保険制度では要介護度4の認定を受け、通所リハビリテーションと訪問介護を利用し在宅生活を送っていた。<br>【アプローチ】<BR> OPPMに基づき以下のようなアプローチを行った。<br>第1段階:作業遂行上の問題を確認し優先順位をつける。ここでは、カナダ作業遂行測定(以下COPM)を用いた。セルフケアでは「夫に迷惑をかけている」という負い目から排泄動作自立を希望していることが分かった。レジャーでは、人との関わりを好む性格から「夫や曾孫へプレゼントをすること」「友達と話をすること」という希望が聞かれた。<br>第2段階:理論的アプローチの選択<br> 基礎体力や排泄動作能力向上のために生体力学的アプローチを、社会・心理面にはリハビリテーションアプローチを行った。<br>第3段階:作業遂行要素と環境要素を明確にする<br>症例は1時間半程度の座位耐久性があり、手指の巧緻性の低下は認められるものの、簡単な手芸は可能と思われた。他者との会話は難聴と構音障害のため困難であった。排泄は尿便意消失のため膀胱留置カテーテル、おむつを使用していた。症例は羞恥心と「女性は男性の世話をするもの」という価値観から夫からの排泄介助に負い目を感じていた。一方、夫は87歳と高齢で心疾患があり排泄介助に負担を感じていた。<br>第4段階:利点と資源を明確にする<br> 症例はプレゼント作りに対する意欲が高かった。また、夫は介護へ前向きであった。<br>第5段階:めざす成果を協議して行動目標を練る<br> これらの結果をもとに、症例や夫と一緒に話し合い、目標を1)夫に迷惑をかけているという負い目の軽減、2)夫や曾孫にプレゼントを贈る、対人交流の促進とした。<br>第6段階:作業を通じて作業計画を実行する<br> 1)については、夫の希望からもおむつ交換時の介助量軽減が「夫が心身共に楽になる」ことにつながることを伝え、おむつ交換訓練やベッド上動作訓練の導入を提案した。しかし、家族が施設入所を希望したため保留となった。導入時、セラピストは、症例の負い目を夫に伝え、症例と夫へ会話の場の設定や話題提供を行ったところ、夫から症例への優しい言葉掛けが増え、その言葉に症例は安心感や喜びを感じていた。2)については「風邪をひかないように毛糸の帽子を作ってあげたい」という症例の希望を受け、改良した編み棒を用い、スプールウィーピングにて帽子を作ることにした。作業の際には症例と他患との間に、セラピストが入り、他患との会話を促した。手芸の経過の中で「じいちゃんとのこれまでの生活を思い出す。結婚して良かった」「病院にも友達が出来たよ」という言葉が聞かれた。完成後は感謝の手紙を添えて夫へプレゼントした。また、夫へ依頼しひ孫へ直接プレゼントを渡す機会を作ってもらった。症例は夫や曾孫が喜んでくれたことを嬉しそうにセラピストに話した。<br>第7段階:作業遂行における成果を評価する<br> 初回評価から8週後にCOPMの再評価を行った。「夫に迷惑をかけないように自分でトイレをする」という希望は遂行度、満足度に変化が見られなかった。「夫やひ孫へプレゼントをする」「友達と話をする」という希望ではスコアが大幅に向上した。<br>【考察】<BR> 「一人でトイレがしたい」と希望する症例に対してCMOPの理論に基づき、症例の視点から作業を共に検討した。そして症例の作業を決定する動機、すなわちSpiritualityは「夫に対する想い」であった。そこでアプローチには、帽子のプレゼントや負い目に対する夫の言葉かけなど、夫とのコミュニケーションを形づけられるような作業を提案した。その結果、トイレ動作に変化に見られなかったものの、日常での言動やCOPMでの再評価から症例は夫の中にある自己の存在を確認できているように見えた。現在、症例の生き生きとした言動から家族も再度在宅生活を検討し始めている。今回の経験からSpiritualityの発見と、それに向かって具体的な作業を提案することの重要性を認識した。