著者
大越 和加
出版者
東北大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

環形動物スピオ科の種類は、海産貝類の貝殻に穿孔する多毛類として広く知られている。今回、北日本太平洋沿岸に広く分布する2種(ポリドラ属とボッカルディア属)について、それらの穿孔している貝類(ホタテガイ、マガキ)を採集し、正の走光性を利用して浮遊3節幼生を得、培養条件を検討した。その結果、2種ともに大きな差はなく、水温15℃、飼育密度1個体1ml、換水間隔1/7日で生存率、成長速度ともに好成績が得られた。同時に、これら2種の初期生活史について、形態的、生態的な特徴をも把握した。定着および定着変態後の初期穿孔に何ら関与していると考えられた第5剛毛節球状器官について同2種で調べた結果、両種について球状器官が確認され、その消長は一致した。球状器官は、1.定着期前後の幼生に現われ、貝殻内部へと穿孔を開始した個体にははられなかったこと。2.球状器官の出現期が第5剛毛節剛毛の出現期と一致することから、定着、穿孔を開始する初期の第5剛毛節剛毛の機能と深くかかわっていることが示唆された。穿孔された部位の貝殻微細構造を、走査型電子顕微鏡を用いて調べた結果、貝殻表面につくられた穿孔初期の孔道、貝殻内部へと垂直に揺られた孔道ともに内表面に特徴的な同心円状のあなが観察された。これは、スピオ科の貝殻穿孔に重要な鍵をもつと考えられているが、基本的には穿孔の初期とそれに続く拡大期ともに同じ機構で穿孔されると推察された。今後、スピオ科に共通している貝殻穿孔機構について、大きく第5剛毛節の球状器官と第5剛毛節剛毛との関係、そして掘られた孔道内表面に現われた同心円状のあなの形成に関与している器官とそのあなを形成する機構の点から調べる必要があると考える。これらの研究は、炭酸カルシウムを主成分とする貝殻を溶解する生物侵蝕という点より、広い分野への応用が期待される。