著者
天野 利彦
出版者
静岡産業大学
雑誌
静岡産業大学情報学部研究紀要
巻号頁・発行日
vol.9, pp.71-80, 2007

少年期より関わってきた詩的言語の省察からポール・ヴァレリーは、詩語の性質であるとともに、言語活動一般を可能ならしめる本質として、言語における「移行性」を見出し、その具体的諸相を『カイエ』に記録した。彼はその特徴を自家薬篭中のものとして駆使すべく、一度放棄した詩作を再開し、矛盾に満ちた言語の「移行性」から目を逸らすことなく考察を深め、幾多の名詩を紡いできた。『海辺の墓地』では、そのような言語の「移行性」を逆手に取り、その「移行性」を剥き出しにするかのように、意図的に、多義的な象徴言語を駆使し、絶えず変化する多層的な詩的世界を表わすと同時に、詩の構造そのものにおいても、無限の反復運動を惹起する連環的構造を企んだ。その結果としてこの詩では、言葉の内部と外部で無限に続く移行の過程において、一見、移行そのものが停滞する、そんな静止的印象を生み出す2つの特権的な場面が描かれることになる。そのひとつは、反復の永遠性が元となって生じる全体性の印象において、効果として生まれる静止であり、他方は、多方向の力が極限状態で、調和に達した瞬間に訪れる静止である。いわば反復的永遠性の静止と、調和的静止とである。
著者
天野 利彦 Toshihiko AMANO
出版者
静岡産業大学国際情報学部
雑誌
静岡産業大学国際情報学部研究紀要
巻号頁・発行日
no.5, pp.79-84, 2003

マルグリット・デュラスの小説『モデラート・カンタービレ』は、記号学的手法で読み解いてみると、その特徴が明確になる。小説の中では、いくつかの場所と事物が主題に対して特権的な役割を演じている。それらはピアノのレッスン場、カフェ、主人公の屋敷、海岸通りであり、また赤い色、木蓮の花などである。モチーフとなっている殺人事件の血の色に導かれて、主人公のアンヌが平穏な日常を抜け出し、破滅を予感させる恋の可能性を試みるありさまが、特異な「トポス」と象徴とを用いて小説世界のうちに描かれている。