- 著者
-
太田 耕人
- 出版者
- 京都教育大学
- 雑誌
- 京都教育大学紀要 (ISSN:21873011)
- 巻号頁・発行日
- no.129, pp.125-140, 2016-09
英国初期近代演劇の手紙の演劇的用法に迫るため,英国演劇の黎明期から17 世紀末までに英語で書かれ,テクストが現存して入手できる劇を調査し,手紙の用いられた例を収集した。この序論では15世紀までの用例を分析した。中世の典礼劇,サイクル劇などでは,当初"letter" は神の力や奇跡をしめす「文字」の意で使われ,やがて布告,令状など「公文書」の意味で用いられた。しかし,手紙を「差出人が(その場にいない)特定の受取人(たち)にたいして,何らかの情報を個人的に通信するため送る書面」と定義すると,「手紙」と呼べる"letter"の用例は見当たらない。識字率が低かった中世の民衆の劇に,手紙が現われないのは当然であろう。また,単純明快な寓意的図式を好む道徳劇には,手紙を利用した複雑な筋立ては必要なかった。 「手紙」が初めて現れるのは,1497 年の『フルゲンスとルクリース』であった。ルネサンスの人文学の洗礼を受けて,ギリシア・ローマ演劇を知る知識人が,ある程度の複雑さをそなえた劇を書いて,手紙が英国演劇に現われたと考えられる。