著者
奥田 知志
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.21-37, 2010

2006年1月7日JR下関駅は炎に包まれた.放火による焼失だった.犯人として逮捕されたのは8日前に福岡刑務所を一人満期出所した74歳男性.彼は,これまで50年近く刑務所で過ごしてきた.裁判の度に「知的障害」を指摘されてきたにもかかわらず,最後の犯行時に至るまで療育手帳は持っていなかった.放火は,重罪である.当然ゆるされるものではない.ただ彼を断罪することだけがこの社会のなすべきことだろうか.犯行動機とされる「刑務所に帰りたかった」は,今日の社会の現実を端的に指摘している.放火を断罪することは当然である.だがそれだけでは何も解決しない.この事件は,今日の社会のあり方をそのものを問うた事件であった.「障害」を持ち,家族もなく,働くこともできず,帰る場所もない者が,「刑務所に帰りたい」と願う.社会が彼に対して「罪を犯すな」言うことは簡単である.そうならば,ではこの社会はあの日犯罪以外のどのような選択肢を彼に提示できたであろうか.事件に関わった者として,また,ホームレス支援に関わった者としてこの事件の記録とこの事件が社会に与えた意味,そして何よりも今後の社会のあり方について考察する.