著者
妹澤 克惟 渡邊 亘
出版者
宇宙航空研究開発機構
雑誌
東京帝國大學航空研究所報告
巻号頁・発行日
vol.11, no.143, pp.407-418, 1936-08

五六年前に我々の一人が,四邊を固定せる矩形板のバックリングの問題,即ち平衡の微分方程式は満足するけれども周邊の條件は近似的に充す解を提出してから,多くの學者が此問題に注目するやうになつた.例へばTaylor, Faxen, Weinstein, Trefftzの如きがそれである.バックリングの問題の解は同種類の彈性體の振動問題にも應用できるために,同じ矩形板の振動の研究も同時に附加へて置いたところが,之に對しても亦加藤,友近等の人々が注意してくれるやうになつた.但し友近の研究は場合も方法もTaylorのものと大體同じである.而してTaylor,友近兩氏は,Rayleighの勢力法則の法を以て我々の研究結果即ち限界荷重や振動數を律することができるかの如く解釋してゐるけれども,我々の研究結果は周邊の條件を初めから與へてをらぬから,それ等の解釋は多少的外れの氣味がないでもない.しかし一方に於てはDe La Liviereの如き航空技術の實際家が我々の研究結果を既に應用してゐるらしくも思はれ,從て以前に出した結果を少しでもよく直して置くことが義務のやうに考へられたので,このバックリング問題の再研究を試みたのである.再研究の方法は以前に出した解を今少しく一般化すればよいのであるけれども,それは結局Taylorの方法に陥ることになるから,たとひTaylorの場合は正方形板に對稱荷重の働くものだけしかやつてないとはいへ,研究的興味が薄らぐ.それで最近BatemanやCostelloが提出してゐるやうに周邊の傾斜の條件が初めから滿足するやうな解を作つて置き(我々が以前に出した解の形であるけれども),之をTaylorのやうに級數的に組合して行く方法を取つたのである.このやうにしても實際上は我々が以前に作つた解のそれよりも高次のものを更に二三項附け足すことに過ぎないのである.正方形板に周邊から對稱的に荷重のかかる場合をしらべて見ると,Taylorのと全く同じ結果となつた.正方形板中の他の場合は再研究を企てなかつた.何故なれば,正方形板のバックリングは實際問題上に應用がいくらか少いからである.一般的の矩形板にその長さの方向に荷重の働く場合を研究して見ると我々が以前に出したものと大體同じであるが, Faxenが別の方法で我々の計算と比較する爲に出した結果に非常によく似てをることがわかつたのである.何れにしても矩形板の長さが幅の二倍以上位になると,その長さが無限に長い場合とあまり變らぬことは以前の結論と同じである.WeinsteinやTrefftzの方法を用ひると限界荷重として許し得る値の上下の極限を算定できる筈であるけれども,それには板の屈曲の節線が如何なる位置を取るかといふことが先決問題である.しかも實際問題に大切な長矩形板の場合にこの節線が簡單には見出し得ないから,それ等の方法は餘り役に立たない.矩形板の振動問題も少しでもよく直して置くべきかも知れぬけれども,四邊固定の矩形板の場合は實際問題に餘り應用性がない上に,それを純理學的に考へても,振動勢力の逸散といふやうなことがあつて振動數が相當に變化するから,それだけ興味が少くなり從て只今のところでは手をつけない積りである.
著者
妹澤 克惟 久保 慧
出版者
宇宙航空研究開発機構
雑誌
東京帝國大學航空研究所報告
巻号頁・発行日
vol.11, no.136, pp.105-159,Pl.1-Pl.3, 1936-02

翼のフラッターの問題は既に多くの人々に解かれた爲に最早研究すべき何物も殘つてをらぬやうに思はれてをつた.我々もそのやうな考へから二三の特別の場合の研究をした以外は餘り手をつけず,單に今までの多くの研究の綜合報告をなした位のものであつた.しかし,フラッターの問題は多くは翼の自由振動の不安定な場合であるとされてゐるけれども,よく考へると非常にむづかしく強制振動の共振の性質がないでもない.その點をはつきり決定し,且つフラッターの性質を深く確める爲に條件をできるだけ簡單にした實驗を試み,又その數理的豫告計算の結果と比較してみたのである.數理と實驗とを比較することによつて種々のことがわかつたが,實驗だけにしても,極限空氣速度のみでなく,種々の速度に於ける振動振幅並びに振動數を確めることによつて,振動の性質を明かにするやうに努力したのである.振動が送風器,風洞の空氣の振動,空氣の擾流中での週期的性質に直接關係しないことは特に確めて置いた.而して種々研究の結果として,フラッターは部分的には翼の自由振動の不安定によるけれども,部分的には不規則な流れの中での撰擇性共振によることがわかつた.この撰擇共振は翼の状態が自由振動の不安定になるその境附近だけで特に振動の感度が大きくなるから起るのであつて,他の力學的問題では只今の場合程感度の大きくなることのないことが知られる.この研究で尚わかつたことは,捩り軸が翼の前縁にあればある程補助翼附近の振動の場合の追隨流の影響が多く,從つてその場合に補助翼の見掛の附加質量が大きくなり,旦つ補助翼の効果的迎角が違つてくることがわかつた.フラッターの性質に二種類あり,その一つのものでは,流れの速度が極限速度な越すと翼の振動數が少しづつ増加し,その振幅は少しづつ減ずるものである.このやうな種類では安定曲線が上の方から零の線の附近まで下つてきたものがその近所から再び上の方へ向き變るやうな性質がある.この種類のフラッターは共振強制振動に多少の自由振動の不安定が伴つてゐるものと考へられる.極限値より低い風速に對しても多少急激ではあるげれども,振動の漸減性が示される.他の一つの種類のフラッターでは風速が極限値を越しても翼の振動數が殆ど變らぬものであり,又,振動振幅も減少せず,寧ろ増加氣味のことが多い.この場合の安定曲線は零の線を越えてからも,益々負の方へ下る一方である.この種類の振動では主として自由振動の不安定が問題となり,極限値の附近だけに強制共振が含まれるものと考へられる.以上二つの場合に對して極限値以上の風速に對して振動勢力の一定性といふ見方も作られるけれども,これだけではすべての場合を説明し難いやうである.この研究はフラッターの綜合的性質を比較するといふことよりも寧ろそれを分解して一つ一つの性質を明瞭にしたものであり,且つその一つ一つの性質を實物大の翼に擴張することはその性質がわかつてゐるだけそれだけ容易であるから,應用性の廣いものといはなければならぬ.次の研究として,翼の振れと補助翼との結合せるフラッターを研究中である.その場合と比較することによつて只今の結論があまり無理のないことが一層よく確められるやうに思ふ.