著者
宇貫 亮
出版者
学習院大学
雑誌
学習院大学人文科学論集 (ISSN:09190791)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.61-68, 1998

William Makepeace Thackeray(1811-63)のThe Virginians(1857-59)におけるアメリカ先住民の描写は,基本的には「野蛮人」としてのものである。それは,当時のイギリス人たちの人種観を考えれば自然なことだが,だからといってサッカレーがアメリカ先住民をただ単に恐ろしい「野蛮人」として描いたなどと簡単に決めつけてはいけない。 The French and Indian War(1756-63)のある遠征の失敗の後フランス軍の虜となっていたGeorgeの逃亡を手伝った白人と先住民の混血の女性の存在は,彼女の野蛮さよりも,彼女に冷たくする白人の女性たちの卑しさを露にする。同様に,戦争中のイギリス軍兵士の先住民たちへの態度や,後にジョージの書いたPocahontasという劇の上演でその先住民役の衣装に大笑いするイギリス人観衆の行為なども,彼ら自身の卑しさや無知を露呈する。 さらに,皮肉にもアメリカの白人と先住民とがイギリス人によって同一視されるという問題があるが,一層皮肉なことに,アメリカの白人たちは,独立を求めて戦う際にむしろ積極的に先住民たちのイメージを利用する。だが,19世紀の人間であり『ヴァージニアンたち』執筆の前に奴隷問題に揺れるアメリカを旅行したサッカレーは,そうしたアメリカ独立の後の非白人の運命とその独立の理想のうさん臭さをよくわかっていた。 それらを念頭においてこの作品における「頭皮剥ぎ」の扱われ方を見てみると,それが単に先住民たちの野蛮さを描いているのではなく,ジョージとHarryという双子の財産相続の正当性の問題や,ひいてはフランスとイギリスの白人たちのアメリカの所有権の正当性の問題と絡んでいることが見えてくる。ジョージ救出の場面には先住民たちを無視しながら都合よく利用する白人たちの勝手さに対するサッカレーの意識を見てとれるし,さらにその「頭皮剥ぎ」が白人の出す懸賞金によって行われていることへの言及も見られる。 以上のことから,次のように言えるだろう。サッカレーは決してアメリカ先住民が白人よりも高貴であるとか劣っているとかいうふうに描いたのではなく,むしろその先住民たちの存在や行為によって,白人たちが決して先住民たちよりも高貴なわけではないことを描き出したのだ。比喩的に言えば,サッカレーは,先住民たちの存在や行為によって白人たちの「頭皮剥ぎ」をしたのである。