著者
安宅川 佳之
出版者
日本福祉大学
雑誌
日本福祉大学経済論集 (ISSN:09156011)
巻号頁・発行日
no.40, pp.1-32, 2010-03-31

民主党の 「子ども手当の給付」 等 「所得移転政策に重点を置いた少子化対策」 が功を奏しても, 人口構成が若返りを開始するのは早くても 30 年後からであろう.少子高齢化によって深刻化する社会保険財政問題を解決するために, 社会保障制度は不断の改革を進める必要がある. また, 異常ともいえる少子化現象を回避するためにも, 年金・医療・介護の社会保障制度の在り方を見直す必要がある.公的年金保険制度の財政安定化のためには, 第 1 に, 年金財政に対する直接的対策 (給付の削減もしくは掛金の引上げ) が必要である. 2004 年改革時には想定できなかったデフレ現象によって, 毎年上昇を続けている所得代替率を引き下げる措置などが必要である.第 2 に, 若年労働者の就業環境の改善や保険料支払支援によって, 年金納付率を引き上げることは, 将来の生活保護所帯の増加を抑制させる重要な施策である.第 3 に, 根本的解決手段は, 適切な 「少子化対策」 の実行であることは言うまでもない.民主党を中心とする新政権は, 最低補償年金制度を導入, 「基礎年金の全額税負担」 を政策方針に掲げているが, 社会保険制度と高齢者福祉政策としての生活保護制度の役割分担を明確にする必要がある.医療保険制度の財政対策としては, 現在実施されている医療費適正化の二本柱, 高齢者の健康増進のための 「生活習慣病対策」 と, 医療の効率化を目指す 「平均在院日数の短縮」 は引き続き重要な課題であろう.長寿医療保険制度は 「はしご受診」 等のモラルハザード現象を防ぐことに加え, 国民健康保険に集中する高齢者医療費負担を健康保険組合等が均等に負うことにある. その意義は十分に評価すべきだが, 家族単位の負担原則復活に十分配慮する必要がある.日本医師会主導で形成されてきた診療報酬体系の見直しによって, 病院の勤務医と診療所の医師の間の労働条件や収入の格差が解消できれば, 医療サービスの質の向上にも資するものと期待できる. しかし, 医療の効率を高めるには, 医療機関の経営マインドを高める必要があり, 医療機関に非営利性を求め過ぎるべきではないだろう.日本は世界一高齢化しているのに, 社会保障費が比較的安価で済んでいるのは, 「医療に対する公的関与の手厚さ」 によることを肝に銘じるべきである.介護保険財政は, 労働力人口に占める後期高齢者の割合の増加 (2005 年 13.8%→2030 年 33.6%→2055 年 51.9%) により急速にひっ迫するであろう. 介護保険料引き上げに限度があるとすれば, 介護報酬引き下げへの強い圧力が働きがちである. つまり, 少子高齢化が介護保険制度の財政を通じて, 介護事業の経営に影響を与え, 介護労働者の労働条件に圧力をかける形となる. 介護保険制度の財政対策としては, 以下の 4 点が上げられる.第 1 に, 公正な基準による要介護度認定・施設入所判定の厳格化,第 2 に, 家族介護に現金給付を実施すること,第 3 に, 高度のサービス提供には高い報酬を求めること,第 4 に, 事業所の統合による経営力の向上を政策的に促進すること.
著者
安宅川 佳之
出版者
日本福祉大学
雑誌
日本福祉大学経済論集 (ISSN:09156011)
巻号頁・発行日
no.35, pp.1-30, 2007-08-31

本論文の目的は, 少子化現象の本質的原因を明らかにすると共に, 出生率回復のために真に有効な政策を提案することにある. 産業革命後, 約 200 年の工業社会においては, 労働者と資本家の間の対立が最も重要な社会階層対立であったといえよう. 1970 年代の先進国では資本主義経済に社会主義的修正を加えた福祉国家型資本主義経済がほぼ完成したと考えてよかろう. その結果, 1980 年代以降は, 労使紛争が急激に減少すると共に, 労働組合組織率も急速に低下してきている. 労使対立はもはや社会問題としての重要性を失ったかにも見える. 代って, 世代間の対立が重要な社会階層対立軸として脚光を浴びつつあり, 環境・資源問題と少子化問題が主要な社会的・経済的問題となった.この世代間対立が深刻となった原因として, 家計の意思決定が後続世代の効用を重視するダイナスティ仮説から, 自己の世代の効用をもっぱら重視するライフサイクル仮説に大きく変化したことが重要である. 資源も労働サービスも現役世代重視に配分されると, 環境や資源は後続世代に十分残されなくなり, 後続世代の育成・教育が疎かになるのである. 厄介なことに後続世代は現役世代ほど, 雄弁ではないから, 現役世代が, 努めて後続世代の立場に立った政策を実行することが求められる. 少子化を押し止めるためには, 公共政策の対象を個人ではなく家族に移すことによって, 「家族の生活保障機能を再構築する」 ことが必要である. 具体的政策としては,(1)所得税, 住民税の税率を家族一人当たりの富裕度を基準に決めること,(2)相続税における基礎控除を減額する一方, 相続人一人当たりの控除を増額すること(3)社会保障給付も家族を基準に再構成すること(4)児童手当財源を含めて 「出産育児保険」 を創設し, 家族を形成しようとしている若年家計を支援することを提案したい.