著者
宮原 一成
出版者
山口大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2001

ゴールディングが作家活動に専念する前、教師をしていたことは周知の事実だが、その教職歴のうち約2年間がマイケル・ホール・シュタイナー・ヴァルドルフ学校で費やされたことは、従来等閑視されてきた。学友アダム・ビトルストンの誘いによりシュタイナー思想に触れ、マイケル・ホール校でも教鞭を執ったのである。近年公刊されたゴールディングの実娘ジュディ・カーヴァー氏による回想スケッチや、マイケル・ホール校の関係者に対する電子メールでの聞き取り調査により、シュタイナーに対するゴールディングの姿勢は、没頭というよりも一定の距離を置いた共感と呼ぶのがふさわしいことが見えてきた。1970年代以降は、むしろユング心理学に傾斜し、シュタイナー思想とは皮肉な距離が広がっていく。だが、共感的にしろ批判的にしろ、ゴールディング作品、特に前半期の作品にはシュタイナー思想の影らしきものが読みとれる。『蝿の王』の少年たちが年齢層によって行動様式に違いを見せる点は、人間の成長発達段階を独自に分類したシュタイナー教育論によって、うまく説明がつけられる。同作品で印象的な4つの色彩、緑・ピンク・白・黒は、シュタイナー色彩論の基底をなす四色である。サイモンをキリスト的と読む従来の固定的解釈も、シュタイナーのキリスト論を援用することによってさらに可能性が広がる。『後継者たち』の登場人物の名にはオイリュトミー的要素が感得できる。『ピンチャー・マーティン』は、シュタイナーの主著の一つ『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』を皮肉に、悲観的に辿った作品と読むことが可能である--など、本研究は新解釈の可能性を提示できた。