著者
姫野 太一 北島 奈緒 西口 知宏 平山 恭子 今滝 真奈 宮沢 将史 藤本 剛至 岡﨑 加代子 岡田 亜美 和嶋 郁子 駒場 章一 丸山 貴資 傍島 聰
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.A3O1005, 2010 (Released:2010-05-25)

【目的】Functional Reach Test(以下FRT)や片脚立位といったバランス評価は、高齢者の転倒予測因子の1つとして広く活用されているが、立位バランス能力の優劣には様々な要因が関与しており、検査値の大小だけではバランス不良の原因を特定することは困難である。しかし運動学的観点から捉えた立位バランス機能は、足底部へ落ちる体重心の移動範囲に規定されているため、足部末端に位置する足趾の機能は立位バランス機能の改善を図る意味で極めて大きな役割を担っていると考えられる。今回、自立歩行可能な高齢者を対象に足趾の筋力や柔軟性に関する機能評価を実施し、立位バランス能力指標であるFRTならび片脚立位保持時間との関連性について検討を行ったので報告する。【方法】対象は下肢の外傷及び機能障害、極度の足部変形、神経学的症状を認めない屋内独歩自立の外来通院患者22名(平均年齢:74.2±7.96歳、疾患部位:上肢15名、脊柱7名)である。検査項目はa)足部の関節可動域(母趾MP・IP関節の自動と他動屈曲角度、足関節背屈角度)、b)端座位における足趾の筋力(1.足趾把持力:TANITA社製の握力計を改良し作製した足趾把持力計にて測定、2.足趾圧迫力:体重計を足趾MP関節以遠に設置し測定)、c)バランス検査(1.FRT、2.片脚立位時間)の3項目を実施した。なおb)は股・膝関節90度屈曲位、足関節0度位の測定肢位において各3回計測し、平均値を算出した。検討方法は過去1年間の転倒経験の有無から転倒群(12名、平均年齢:78.8歳±6.70)と非転倒群(10名、平均年齢:68.9歳±5.84)とに分け、各検査項目における群間比較を行った(T-test)。また検査項目間の関連分析に関しては、既に先行研究によって転倒と関連性が証明されているバランス能力と他の項目との関係についてPearson積率相関係数の検定を行った。なお有意水準はいずれも5%未満とした。【説明と同意】対象者には測定前に本研究の目的と方法を十分に説明し、同意を得た上で施行した。【結果】2群間の比較ではいずれの項目においても転倒群が低値を示しており、IP関節自動屈曲角度、足趾把持力、足趾圧迫力、足関節背屈角度の4項目については危険率5%、片脚立位時間とFRTの2項目では1%の水準で有意な差が認められた。次にバランス検査と他の項目との関連については、転倒群において足趾把持力(r=0.61、p=0.036)とFRTとの関係に相関が認められた。一方、非転倒群ではIP関節他動屈曲角度(r=0.70、p=0.025)、足関節背屈角度(r=0.67、p=0.033)の2項目にFRTとの相関が認められた。なお片脚立位時間は両群ともに他の項目と相関を認めなかった。【考察】今回の対象者は自立歩行可能な高齢者であったが、その中での転倒歴をみると、2群間での関節可動域や筋力、バランス能力は転倒群では非転倒群より有意な低下が認められた。これらは先行研究と同様な結果であった。高齢者の転倒や歩行能力と関連があるとされているFRTや片脚立位時間は、バランス評価として代表的なものであり、特にFRTは動的バランス評価として用いられ、支持基底面より重心が前方に逸脱した際に足趾屈曲筋による支持作用が重要である。よって足趾を含めた動的バランスを評価するにはFRTが適していると考える。今回、FRTにおいて非転倒群ではIP関節と足関節可動域、転倒群では足趾把持力に強い相関関係がみられた。非転倒群で足趾屈曲筋力低下を認めず、FRTに必要なだけの足趾屈曲筋力を有していたと推察される。重心の前方移動に伴い、足趾把持力の活動が優位になるとIP関節は屈曲位をとる為可動域が必要であり、足関節においては背屈角度が必要となる為にFRTの値そのものが左右され、相関関係を認めたと考える。この為、非転倒群では足趾屈曲筋力よりも、可動域や柔軟性の影響をうけやすいと考える。これに対し転倒群では関節可動域制限と筋力低下を有している。また転倒を経験している為に心理的な要素として恐怖心があり、足関節背屈位をとれず代償的に足関節底屈位となり、重心が後方に残存した状態で制御しようとする為、足趾把持筋力に依存したと考える。片脚立位時間は静的バランス評価であり、先行研究によると足部より近位の筋力の関与が大きい為、今回足部機能との関連性は認めなかった。【理学療法学研究としての意義】高齢化社会が進む中で、転倒予防は今後の理学療法の現場のみならず、医療社会において重要な位置づけを占めているといえる。今回主にFRTに影響を与える因子について言及したが、FRTは従来言われているように転倒だけでなく歩行とも関連が深い。FRTの向上により歩行能力も向上するが、その要因として今回のような足部・足趾機能の向上が関与している。今後足趾の筋力や可動域の改善により、バランス能力の向上を図り、転倒予防や歩行能力の向上につながるものと考える。