- 著者
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溝田 勝彦
村田 伸
堀江 淳
村田 潤
大田尾 浩
- 出版者
- 公益社団法人 日本理学療法士協会
- 雑誌
- 理学療法学Supplement Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
- 巻号頁・発行日
- pp.E3O1193, 2010 (Released:2010-05-25)
【目的】わが国では世界に類を見ない速さで高齢化が進んでいるが,高齢者の自殺や閉じこもり,介護者による高齢者の虐待など,必ずしも長生きしている高齢者が幸福に暮らしているとはいえない状況にあり,高齢者のQOL(Quality of life)の向上は大きな課題といえる. これまで,主観的幸福感や日常生活満足度など,QOLの一領域に影響を与える要因分析の報告は多く,その要因の一つとして経済状態や経済状態への満足感が挙げられている.しかし,QOLを多面的に捉え,経済状態の主観的評価が,QOLの各領域にどの程度影響を与えるかについての報告はほとんど見あたらない.そこで今回,福岡県の地域在住高齢者を対象として,実際の収入の程度とは関わりなく,現在の自分の暮らし向きについてどのように感じているかという主観的経済状況感とQOLの各領域(活動能力,主観的健康感,生活満足度,生きがい感,人間関係の満足度)との関係について検討することを目的として調査を実施した.【方法】F町のミニデイサービス事業に登録している高齢者の内,331名(男性66名,女性265名)から調査協力が得られた.調査は2008年8月から9月にかけて実施した.しかし,男性の対象者数が女性の約4分の1と少なかったため,今回は女性高齢者265名(平均年齢は73.5±6.5歳)のみを対象とした.なお,重度の認知症を疑わせる者(Mini-Mental State Examination;MMSEで19点以下)はいなかった. 方法は,個人の基本的属性(氏名,年齢,性別,家族人数,教育年数)に関する情報の収集とMMSEを実施した後,主観的経済状況感として暮らし向きの主観的評価,健康関連QOLの評価として老研式活動能力指標,主観的QOLの評価として主観的健康感,生活満足度,生きがい感,人間関係に関する満足度を質問紙にて評価した.主観的経済状況感の評価は,「ゆとりがあり,まったく心配なく暮らしている」「ゆとりはないが,それほど心配なく暮らしている」「ゆとりがなく,多少心配である」「生活が苦しく,非常に心配である」の4件法で求めた.主観的QOLの評価にはVisual Analogue Scale用いた.統計処理は対応のないt-検定を用いて行った.なお,統計解析ソフトはStatView5.0を用い,有意水準を5%とした.【説明と同意】参加者に対し,研究の趣旨と内容について十分に説明をした後,書面で同意が得られた高齢者のみを対象者とした.また,調査の途中いつでも自由に拒否できることも伝えた.【結果】暮らし向きについては,「ゆとりがあり,まったく心配なく暮らしている」が57名,「ゆとりはないが,それほど心配なく暮らしている」が171名,「ゆとりがなく,多少心配である」が37名で,「生活が苦しく,非常に心配である」と回答した者はいなかった.そこで,「ゆとりがあり,まったく心配なく暮らしている」57名をゆとりあり群,「ゆとりがなく,多少心配である」37名をゆとりなし群として,2群を比較検討した.その結果,年齢,MMSE,健康関連QOLにおいては有意差は認められなかった.一方, 主観的QOLのすべての領域において有意差が認められ,ゆとりあり群がゆとりなし群よりも高い値を示した.また,家族人数はゆとりあり群が有意に多く,教育年数も有意に長かった.【考察】今回の結果から,経済状況の主観的評価が主観的QOLの各領域すべてに影響を与えることが示唆された.このことは,高齢者を取り巻く経済環境が厳しくなり,経済状況についての主観的評価が低下すれば,その結果として高齢者の主観的QOLの各領域(主観的健康感,生活満足度,生きがい感,人間関係の満足度)が低下する可能性があることを示している.2006年度の高齢者の経済生活に関する意識調査では,60歳以上の対象者において「現在の暮らしに経済的に心配がある」者は,5年前の調査より約1 割増加している.さらに今日の日本の経済状況を考えると,高齢者の経済状況についての主観的評価は更に低下することが予想され,高齢者の主観的QOLの低下が危惧される.最後に,今回の対象者は町からの呼びかけに対して自主的に参加した活動的な女性高齢者であることから,今回の結果が高齢者一般に適用できるか否かについては検討する必要がある.【理学療法学研究としての意義】リハビリテーションの究極の目的は,対象者やその関係者のQOLの向上であるといわれており,理学療法においても同様と考えられる.今回の結果は,客観的な経済状況(年収など)のみならず,主観的QOLに影響を与える一因子としての主観的経済状況感も把握しておくことが,理学療法を進めていく上で不可欠である事を示している.