著者
富樫 廣子 吉岡 充弘 佐久間 一郎
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

AD/HDに類似した行動学的特徴を有するモデル動物であるSHRSPを用いて、AD/HD患児に認められる男児優勢性の関連分子としての神経ステロイドの役割を脳微小血管構築の観点から追究した。すなわち、AD/HDの病因の一つとして、局所脳血流低下等の機能不全が報告されている大脳前頭皮質に焦点を当て、血管新生因子VEGFと関連分子[VEGF受容体(KDRおよびFlt-1);pAkt ; endothelial nitric oxide syntase]ならびにgonadal steroid受容体[エストロゲン受容体(ERαおよびERβ);アンドロゲン受容体(AR)]の発現様式と去勢後におけるSHRSPの行動変容との関連性を検討した。その結果、本モデルに雄優勢性に認められる不注意力を背景とした短期記憶障害が、睾丸摘出やエストロゲン投与あるいはアンドロゲン受容体拮抗薬投与といった抗アンドロゲン処置によって改善すること、睾丸摘出による行動変容がホルモン補充処置によって去勢前に復することを明らかにした。さらに、これら行動変容と大脳前頭皮質アンドロゲン受容体およびエストロゲン受容体の発現、さらにVEGF関連分子発現との関連性から、AD/HD患児における大脳前頭皮質機能不全の背景には脳微小血管構築に関わる分子機構の異常があり、そこにおいてアンドロゲンとエストロゲンが拮抗的役割を果たしていることを示唆する成績を得た。これら研究成果は、米国神経科学会議年会や日本精神神経薬理学会等、国内外の学会において発表し、論文としてまとめた。
著者
山口 拓 富樫 廣子 松本 眞知子 泉 剛 吉岡 充弘
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.139, no.4, pp.142-146, 2012 (Released:2012-04-10)
参考文献数
36

中枢神経系の発達過程において,神経細胞やシナプス伝達に関連する様々な分子が著しい変化を示す時期,すなわち“臨界期”が存在することが知られている.一方,幼児・児童期に受けた“身体的虐待”や“ネグレクト”といった過度なストレス体験と,成長後のうつ病や不安障害などの精神疾患との関連性が指摘されている.本稿では,臨界期という視点から幼若期に受けたストレスが成長後の情動行動表出におよぼす影響について,幼若期ストレスを受けた成熟ラットが示す行動学的特性,特に情動機能を中心に紹介する.幼若期ストレスとして,生後2週齢あるいは3週齢時の仔ラットに足蹠電撃ショック(FS)を負荷し,成熟後(10~12週齢)に行動学的応答性を検討した.2週齢時FS群では,条件恐怖に対する不安水準の低下(文脈的恐怖条件付け試験)が観察された.一方,3週齢時FS群においては,生得的な恐怖に対する不安水準の低下(高架式十字迷路試験)および社会的行動障害(social interaction試験)が認められた.これらの知見から,幼若期ストレスによる成長後の情動行動表出には,幼若期のストレス負荷時期に依存した変化が生じること,すなわち臨界期の存在が明らかとなった.昨今の精神疾患あるいは感情をうまく制御できない子供達の増加の背景には,幼児・児童虐待の関与が指摘されている.本研究は,このような社会的問題の背景をなす精神疾患と,その発症要因の環境因子としての幼児・児童期に曝露されたストレスとの関係を科学的に解明する上で,有用な情報を提供するものである.