著者
小川 宏和
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.218, pp.167-182, 2019-12-27

本稿では、『延喜式』にみえる赤幡が古代社会において果たした役割を検討することにより、赤色に対する色彩認識が人々の行動に与えた影響を明らかにすることを目的とした。古代社会において赤色は、装着した人・物の内部にある汚穢等を鎮めると同時に外部の障害から保護する性質=清浄性と結びついた色と認識され、この清浄性を前提に道路において人・物の進行や移動を汚穢から守りつつ実現させる機能も民俗社会で広く認められていた。そして、この赤色の性質は様々な局面で権力とも結び付き、赤色を支配し利用することが天皇家を中心とした公の力を表示することを意味した。そのため、赤幡は天皇の行幸時のほか、最高の清浄性が求められる供御物を運搬する際に道路において掲示され、他の進上物と区別する意味をもち、御膳食材やそれを食べる天皇らの身体の清浄性を維持する機能を果たしたと考えられる。さらに、八世紀半ば以来供御物の標識とされてきた赤幡は、贄を生産する集団、贄人に頒布されることになる。赤幡は元慶七年官符にみえる員外贄人が得た「腰文幡」や家牒と同様、贄人の生産活動のなかで交通許可証として機能するとともに贄人集団を組織化して特権身分を表示した。また、延喜天暦年間までに内廷官司が旧来の腰文幡ではなく赤幡を贄人の標識として放つように変化したことを指摘し、その背景には、元慶七年官符からうかがえる「潔齋」を基準とした贄人の差異化が困難な状況が存在したと推定した。供御を口実にした弱民圧迫行為が贄人自身の「潔齋」を破綻させ、その行為は最も「潔清」が求められた天皇の食事にも「汚黷」を及ぼすという論理が存在したのである。赤幡班給は他の家政機関が発給する標識との差異化を意図したもので、清浄性をもつ赤色が贄や贄人、御膳に要求された清浄性をめぐる危機的環境のなかで必要とされ、贄人の身体の「潔齋」を守り、特権身分を保証する意味をもったと考えられる。
著者
小川 宏和 Hirokazu OGAWA
出版者
早稲田大学史学会
雑誌
史観 (ISSN:03869350)
巻号頁・発行日
vol.174, pp.1-26, 2016-03