著者
小田 辰也 岩切 大輔 生駒 成亨 田中 信行
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
pp.86, 2016 (Released:2016-11-22)

【はじめに】びまん性軸索損傷(diffuse axonal injulry 以下DAI)は6時間以上の意識障害に加え、画像上その原因としての頭蓋内点処病変を認めず低酸素や脳虚血によらない遷延するびまん性脳損傷を指す.一般的にDAI後の予後は不良とされる報告が多く、長期的な経過を辿る例も少なくない.今回、DAIにて予後不良が予測されたが良好な経過を辿った学童について、文献的考察を交え以下に報告する.【症例紹介】11歳男児.自宅ロフトから転落し受傷.搬送時GCSは7点(E1V2M4).24時間以上の意識消失あり.MRIにて脳梁後部・峡部・膨大部への挫傷、多発点状出血痕を確認.CTにて約4mmの正中構造偏位を確認.医師よりDAI、骨盤骨折、肝損傷と診断.同日入院の運びとなる.【経過及び所見】受傷2日目、理学療法士、言語聴覚士介入開始.受傷10日目、作業療法士介入開始.介入時GCSは11点(E4V2M5).利き手は右.常時苦悶様表情.発話は奇声のみ.口答指示・文書理解困難.身体機能面は左側良好.麻痺症状はないが右側上下肢運動無視あり.上下肢深部腱反射は亢進.バビンスキー反射は右陽性、左陰性.足クローヌスは右陽性、左陰性.高次脳機能面は紙面上検査困難.観察、保護者情報より注意機能低下、発動性低下、易疲労性、衝動行為、性格変化、興味欠損を確認.FIM45点.実用歩行困難.摂食嚥下、呼吸、排泄は良好.受傷14日目、実用歩行獲得も右側上肢運動無視継続.課題指向型の食事動作訓練導入.評価手段としてshapingを作成し段階的難易度を指定.介入時は右手での物品使用困難.易疲労性と注意転動のしやすさから、途中で席を立つ、手掴みで食べる等の行為が頻発.受傷18日目、右手の補助的使用を確認.受傷21日目、右手で道具を使用し全量摂食可.左手の補助的使用を確認.受傷24日目、MRIにて浮腫減少を確認.shaping上の課題はすべて獲得.単語レベルの発話出現.内容は他罰的で脈絡を欠くものが主.簡単な音読、文書理解可.易怒性、衝動行為は残存.受傷26日目、誘因なく言語機能、衝動行為改善.受傷前後の記憶あり.紙面上検査可.記憶、知能、遂行機能、語彙年齢良好.選択性注意、語の流暢性に問題あり.FIM109点.自宅復帰可能と判断され、受傷33日目、自宅退院の運びとなる.【考察】本症例の意識消失時間、CT所見よりGennarelliらの分類の中等度DAI.TCDBにおけるCT分類のびまん性脳損傷Ⅱと考えた.これら分類の転帰良好率は30%台と低く、予後不良と長期的経過が予測された.臨床症状・画像所見より、右側上下肢運動無視は左側皮質脊髄路由来の神経線維への軸索流途絶に加え、肢節運動失行・補足運動野由来の症状が考えられた.言語障害は前頭葉内側部症状を主に呈し、尚且つ聴覚理解・復唱・呼称障害から運動性失語が考えられた.上記症状遷延によりlearned non-useによる左半球退行障害併発を予測.予後不良に拍車をかける危険性が考えられた.その予測に反し、受傷26日目、誘因なく言語機能、情動面の改善を確認.その要因として浮腫軽減による軸索流改善は勿論、小児特有の脳可塑性の高さが影響したと考えられた.また、脳幹網様体からの上行性投射による大脳皮質への賦活が阻害されなかったことも、症状改善に寄与したと考えられた.上記要因と訓練によるneuro feedbackにより脳機能再構築が促進された結果、機能改善に至ったと考えた.小児中途障害例は、先天障害例と比較し障害部位が多彩な為、体系化された対処手段が構築されていないのが現状である.今後、DAI後の転帰不良因子の比較検討を行い、予後予測の判定等に役立てられるようにしていきたい.【倫理的配慮,説明と同意】報告にあたり、当院の倫理委員会の承認(承認番号16-003)及び、対象者、家族の同意を得た.