著者
小野寺 有
巻号頁・発行日
2009-03-25

乾燥地域において遊牧は,限られた資源(草,水)を持続的に利用しながら,家畜がもたらす利得を最大限に高める生業である.遊牧民は,高い移動性を維持し,家畜を複合的に放牧することにより,飼料となる草原植生の回復性や多様性を維持してきた.ここでは,降水や気温などの気象条件に応じて激しく変動する草原植生を適切に利用することが求められるが,その方法を誤れば遊牧の持続性は崩壊する.モンゴルでは1990 年代初頭の民主化以後,家畜管理(頭数,構成など)や土地利用(放牧地選定,移動頻度)が個人の裁量に委ねられるようになった.必然的に遊牧民が個人単位で利益を追求するようになり,草原は過剰な利用に晒されている.これに近年の乾燥化による草原生産力の低下も加担し,草原劣化さらには砂漠化に至ることが懸念されている.有効な対策を打ち立てるには,遊牧民の環境意識を知る必要がある.本研究で着目したのは以下の2 点である.1)遊牧の持続性が崩れつつある現状を,遊牧民はどのように受けとめているのか.2)彼らは将来の遊牧をどのように指向しているのか.モンゴルは北部から南部へと,森林-草原-砂漠に遷移する明瞭なエコトーン帯に位置する.これらの植生帯で生活する遊牧民から,家畜構成,土地利用,自然環境の変化,ヤギと草原劣化との因果関係などを,事前に作成した質問項目に沿って聞き取った.聞き取りの最後に,近年の草原劣化と,気温や植生変移の将来予測を簡単に紹介し,それらに対する自由な意見を求めた.2007 年と2008 年の夏季3 カ月間に調査を実施し,合計161 人の遊牧民から回答を得た.近年の草原劣化(砂漠化)を回答者の約9 割が実感しており,その原因についての認識は森林-草原-砂漠ごとに特徴がみられた.砂漠地域では降水量の減少や井戸の枯渇など水に係わる意見が,草原地域では過放牧などの不適切な土地利用に係わる意見が多く聞かれた.一方で,森林地域では草原の植生が比較的豊かであるため,草原劣化を実感している遊牧民は他の地域よりも少なかった.いずれの地域でも,降水量の経年減少を指摘する遊牧民が多かったが,この結果は,現地の気象観測データと符合していた.普段,気象観測データに接することのない遊牧民が,身近な生活環境の変化として気候変動を実感していることは注目に値する.今後の砂漠化対策として,多くの遊牧民は植林活動や新たな井戸の設置を望んでいる.こうした彼らの思考は,モンゴルの草原劣化に関する科学的な知見や,実践されている対策と類似している.また,家畜頭数(特にヤギ)抑制の必要性を指摘する意見も多かった.しかし近年,市場へのアクセスの良い首都ウランバートル近郊や,中国との国境付近で,高価なカシミアのとれるヤギが増加している.これらの地域では,ヤギが草原の持続性を低下させること(草の根まで食べる,機敏な行動力など)が多くの先行研究で指摘されているにも関わらず,ヤギ頭数を増やす遊牧民が多い.草原へ与える負荷が多大であると知りつつも,自己利益を優先するという彼らの葛藤がうかがえる.
著者
小野寺 有子 坂上 大翼 松下 範久 鈴木 和夫
出版者
樹木医学会
雑誌
樹木医学研究 (ISSN:13440268)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.1-11, 2001-03-31
参考文献数
25
被引用文献数
1

高齢大型となった巨樹・老木が都市域でどのような生理的・外観的特性を示すかを明らかにする目的で、東京都区部に生育するイチョウ、ケヤキ、クスノキ、ユリノキおよびスダジイの胸高周囲長3m以上の巨木と1m以下の中径木を供試木として、水分生理状態、葉の養分濃度、クロロフィル量、クロロフィル蛍光、樹幹表面温度、フェノロジーの計測観察を行った。どの樹種でも、巨木の方が中径木より水分生理状態が悪く、カリウム、マグネシウム濃度が低く、クロロフィル量が少なかった。SPAD値は、スダジイを除く4樹種で巨木の方が中径木より低かった。クロロフィル蛍光には、巨木と中径木で差は認められなかった。巨木と中径木の樹幹表面温度の日変動を比べたところ、巨木の樹幹表面温度が高い傾向が認められた。また、どの樹種でも巨木の黄葉、黄葉終了、落葉が早く、黄葉-落葉期間が長いという傾向が認められた。開芽・展葉の傾向は樹種により異なっていた。巨木は中径木とは明らかに異なる生理状態やフェノロジーを示すといえる。