著者
小野田 風子
出版者
日本アフリカ学会
雑誌
アフリカ研究 (ISSN:00654140)
巻号頁・発行日
vol.2016, no.89, pp.29-35, 2016-05-31 (Released:2017-05-31)
参考文献数
18

タンザニアのスワヒリ語作家ユーフレイズ・ケジラハビは,1990年代の二作の小説により,スワヒリ文学界に実験的小説をもたらした作家として知られる。本研究では,1974年に出版されたケジラハビの二作目の小説『うぬぼれ屋』Kichwamajiに見られる奇妙な結末に着目する。本作の主人公であり語り手でもあるカジモトは,最終章で自殺するに至る。しかし本作は通常の一人称小説とは異なり,語り手の死の時点では物語は終わらない。カジモトの死の直前に正体不明の別の語り手が語りを引き継ぎ,カジモトの死とその後の出来事を語るのである。小説の最後に語り手が交代するという構造はそれまでの語り手の相対化という効果を持つため,読者はカジモトの語りの再評価を強いられる。カジモトの語りを見なおすと,彼の自分についての語りは,彼や他の人々の実際の言動と矛盾していることがわかる。例えば彼はみずからを故郷の村から疎外されるエリートとして描写しているが,実際には村人と積極的に交流し,濃密な人間関係を築いている。本研究では,このような性質を持つ語り手カジモトを,現代文学理論で用いられる「信頼できない語り手」という用語で説明できることを示し,ケジラハビの初期作品に見られる実験性に光を当てる。