著者
蛯名正司 小野耕一
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第60回総会
巻号頁・発行日
2018-08-31

問題と目的 内包量は性質の強さを表す数量概念であり,その特徴の一つに非加法性がある(遠山,2009)。しかし,内包量同士を加算したり,あるいは,外延量と混同して判断したりする誤りが少なからず見られる。本研究では,このような内包量に関する誤りを修正するための教授要因を検討する足がかりとして,「湿度」を取り上げ,教科書を用いたペア学習が湿度の問題解決にどのような影響を及ぼすのかを探索的に検討する。方 法 調査対象者 私立A短期大学に在籍する47名を分析対象とした。 手続き 調査は教職関連科目の授業時間内に実施した。調査時間は事前調査が約15分,学習セッションが約20分,事後調査が約15分であった。学習セッションでは,無作為にペアを組ませ,中学校理科の教科書(東京書籍)にある湿度単元の一部を配布し,「水蒸気量」「飽和水蒸気量」「露点」「湿度」の用語の意味をペアで確認すること,教科書に掲載されている湿度の公式を使う練習問題を解いて相互に確認することを指示した。 調査課題 事前・事後調査では,トイレ問題,袋問題,グラフ問題,大小問題,仕切問題の5問を出題した。トイレ問題では,気温が等しく湿度が異なる2つの場所を提示し,湿度が異なる理由を選択させた(答:水蒸気量が多いから)。袋問題では,ビニール袋を空気の出入りがないように密閉した状態で,袋内部の空気の温度を上昇させた際,袋内部の湿度がどうなるかを選択させた(答:低くなる)。グラフ問題では,飽和水蒸気量と気温の関係を示したグラフと各気温の湿度75%にあたる水蒸気量を明示し,湿度が75%のとき,2つの気温で水蒸気量が多いのはどちらかを判断させた。トイレ問題・袋問題・グラフ問題は,「湿度=1立方メートルあたりの空気中に含まれる水蒸気量/その気温での飽和水蒸気量」で定式化される3量の関係の中で,1つの量を固定した場合に,他の2量の変数関係を正しく判断できるかを見る課題であった。また,グラフ問題は湿度の公式に数値を代入しても解決できる問題であった。大小問題では,大きさの異なる部屋を図示し,気温と湿度がいずれも等しいときに,どちらの部屋がよりじめじめしているか(あるいは同じか)を選択させた(答:どちらも同じ)。仕切問題では,気温と湿度(e.g.30%)が等しい隣接した2部屋を提示し,その間にある仕切を取り除いた際の湿度を選択させた(答:30%のまま)。大小問題と仕切問題は,湿度が空間の体積とは無関係に決まることを理解できているかを見る課題であった。結果と考察 教示セッション ペア学習後に対象者にどのような話し合いを行ったのかを記述させたところ,「用語の意味をお互いに確認することができた」,「例を用いて説明してもらってわかりやすかった」などのコメントが見られた。水蒸気量や露点といった用語をより分かりやすいものに置き換えて説明する工夫が見られたといえる。 事前・事後の比較(Table 1) トイレ問題と袋問題では,正答率が上昇しなかったが,グラフ問題では正答率が上昇した(p=.01)。グラフ問題の解き方を詳細に見ると,公式への数値の代入による解決が2名から12名に増加していた。以上から,公式の数量を定数として捉えた問題解決は促進されたが,トイレ問題のように変数と捉えて操作する必要のある問題解決(cf.工藤,2010)は十分に促進されなかったといえる。次に,大小問題では正答率が上昇しなかったが,仕切問題では正答率が上昇した(p=.02)。仕切問題では,2つの空間が1つに統合されただけであるため,空間の大きさは変わらなかったが,大小問題では2つの空間の大きさが明確に異なっていた。そのため大小問題の方が体積に基づいた誤判断がより見られやすかったと考えられる。不適切属性に基づいた誤判断は公式を学習したとしても,ただちに修正されないことが示唆された。今後は,変数操作の可否と不適切属性に基づいた判断との関連,及び誤判断の修正方略を検討していく必要がある。