著者
山口 和晃 工樂 樹洋
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.37, no.3, pp.170-179, 2020-12-01 (Released:2020-12-24)
参考文献数
48

全ゲノム配列情報が整備された生物種が増えてきたが,脊椎動物の中でとくに板鰓類(サメ・エイ類)ではその動きが大きく停滞していた。板鰓類は軟骨魚類の大部分を占め,約1,200種と種数では硬骨魚類に到底及ばないものの,約4億年という哺乳類や鳥類とは比べ物にならない長い時間をかけて地球上の生態系に定着した系統である。筆者らは,水族館との連携により試料を確保し,DNA シークエンスデータの取得および解析の全工程を最適化することにより,サメ3種の全ゲノム情報を読み取り,多面的な解析を行った。全ゲノム情報に基づいて遺伝子の有無を論じる際,その完成度が信頼性を左右する。また,同定した遺伝子について生物種間の対応関係を把握するには,分子系統解析によりオーソロジーを判定する必要がある。こういった点に留意してオプシン遺伝子を調べたところ,サメ類は視覚への依存度が低く,ロドプシン以外の多くのオプシン遺伝子レパートリを失ったことが明らかとなった。ロドプシンの吸収スペクトルの分光測定によって,深海に生息するサメのロドプシンは海水中で減衰しにくい480 nm 付近の波長の光を最も効率良く受容する性質をもつ可能性が示された。 今後,生体組織試料に依存しないこういった手法が,他の希少海棲動物の生態を明らかにする助けになるかもしれない。