著者
山本 卓登
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.269, 2020 (Released:2020-03-30)

Ⅰ 研究の背景と目的中山間地域の地域公共交通を支えてきた路線バス事業は,利用者の減少と他部門での収益性の悪化により厳しい状況に置かれている.自治体に移管されたのちも,収益性の改善は見込まれない.地域公共交通に関しては,工学や経済学の分野から効率的な運行形態を模索する研究,地域社会学や人文地理学の分野から事例に基づき現状や経緯の分析を行う研究など,多分野の研究蓄積がある.一方で,地理的条件や生活実態を踏まえて,保障すべき地域公共交通の内容を明らかにするような,実践的な研究が不足している.本研究は長野県下伊那郡阿南町を事例に,中山間地域の存立基盤として保障すべき,地域公共交通の内容を明らかにするとともに,具体的な運行案の提示を試みる.Ⅱ 対象地域の概況阿南町は長野県南部の下伊那郡に位置する.下伊那地域の中心都市は飯田市であるが,高校や病院を有する阿南町は周辺の村に対する中心機能を有している.阿南町の地域公共交通は幹線道路を走行し阿南町と周辺の村,飯田市を結ぶ南部公共バス,各集落と医療機関を結ぶ町民バス,近隣の村に拠点を置くタクシーがある.阿南町は,前2者の運行に関わっており,後者には半額補助のタクシー券を発行することで関わっている.なお,飯田市への交通には,町の東側に隣接する泰阜村内を走るJR飯田線も併用されている.Ⅲ 利用実態の分析に基づく保障水準の導出現状の地域公共交通の利用実態を踏まえると,阿南町における地域公共交通の合理的な保障水準は,①主に通学需要に対応するため幹線道路沿いに停留所を持つ路線を平日毎日運行すること,②主に通院需要とそれに付随する買い物需要に対応するため,集落内に停留所を持ち集落と医療機関(や周辺商業施設)を結びつける路線を週1回以上運行することであることが導出される.通院需要に対応する便の運行頻度の導出根拠は,週2回以上運行する町民バスの路線の停留所別の乗降記録から,定期的に週2回以上利用している者がいる可能性が低いことに基づいている.また,現行のタクシー券は補助率が低いため,長距離の利用では1回あたりの自己負担額が大きい.そのため病院から離れた地区の住民には利用されず,病院周辺の住民に利用が偏る現状がある.通学需要や病院への通院需要に対応する南部公共バスの運行には一定の妥当性があるため,改善案は町民バスとタクシー券のみを対象として検討した.Ⅴ 具体的な改善案と合理性の検討先述の水準に基づき改善案を示す.概要としては次の通りである.①通院需要に対応する町民バスの路線の運行頻度を週1回に統一する.②利用の極端に少ない町民バスの路線を廃止し,他の路線を一部デマンド化することで利用できる地域を拡大する.③財政支出を抑制しながらタクシー券を必要としている住民が利用できるよう,購入制限の追加や補助率の引き上げといったタクシー券の制度変更を行う.利用者にとっては,②③によって保障水準が満たされる住民が増えることに利点がある.経営に苦しむタクシー事業者にとっては,1回当たりの利用額が多い比較的長距離の利用が促進されるため増収が見込まれる.町民バスの受託事業者としては減収となるものの,課題である運転士確保の問題を緩和することになるため,許容範囲と考えられる.自治体は,出資者の立場としては財政支出の拡大をもたらさないため許容できると考えられ,地域公共交通の計画者の立場としてはタクシー事業者の経営への好影響が地域公共交通の選択肢の維持に繋がるという利点がある.Ⅵ おわりに以上,保障水準の導出,運行案の提示,合理性の主張を行った.インテンシブな調査による住民感覚の把握,検討手法の一般性を検討する事例研究の積み重ねが,今後の課題である.