著者
岡 いくよ
出版者
社会学研究会
雑誌
ソシオロジ (ISSN:05841380)
巻号頁・発行日
vol.64, no.3, pp.3-20, 2020-02-01 (Released:2022-04-07)
参考文献数
17

本稿の目的は、医療システムに包摂された出産をライフサイクルの中に位置づけなおそうと試みる助産師の実践を通して、妊産婦が当事者として自らと胎児の生命の管理の主体性を取り戻し、現代社会において彼女たちが直面する産前、産後の課題を解決するための新たな可能性に関して検討することにある。 産前から産後にかけての親と子を取り巻く課題は、地球規模の母子の健康問題から妊産婦の心身の不安、出産への恐怖、育児への不安に至るまで、多くの次元に及んでいる。医療機関で異常がないとわかっても、どのように産前から出産後を過ごし親になっていくのか、社会生活から距離を置く時期を過ごす妊産婦の孤独、子のいのちを守ることへの重圧感や言語化できない漠然とした不安を抱える人の増加に対しては十分な議論と対策がなされているとは言い難い。 事例にあげる助産師は、八五歳になる現在まで現役で出産介助を行い、妊娠早期から産後の授乳期に至るまで一貫して妊産婦やその家族を支援してきた。 この助産師の実践を通して明らかになったことは、出産を妊娠から育児までの文脈のなかに位置づけるタイムスパンの導入と、産む女性と医療者という二分法ではなく、それに関与する産育コミュニティという視点を導入し、当事者の生活の必要に応じ生命の管理権を当事者に引き寄せ、いのちの主体として生きることにつながるのではないか、という点にある。人生の通過点として出産が重要な通過儀礼であると捉え、医療施設との共存を果たしながら押し寄せる外部条件に対して対応を積み重ねる過程を蓄積してきたといえる。